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死人探し屋ー携帯電話
 次の日は依頼人多川氏の元へと車で向かった。
 仕事柄、多川氏のような人間を護衛するのはよくある事だ。
 例えどんな人物であろうと、依頼人の事情まで追求する事は出来ない。
 色々と考えている内に多川氏が待つ喫茶店前に着いた。
 しかし、様子がおかしい。
 喫茶店前にはパトカーや救急車や野次馬達が群がっている。
 よく見ると、喫茶店に派手に突っ込んで大破している車があった。事故だ。
 歩道横に一時停止していると、窓をコンッと叩く音がした。
「多川さん!」
「来てもらって済まないね」
 そこにいたのは多川氏だった。
 慌てて後部座席のドアを開けて乗ってもらった。やや顔色が悪い。
「もしかしてあれは…」
「ああ、あの喫茶店から少し離れた瞬間に突っ込んできたんだよ」
 とりあえず、俺は多川氏を車に乗せてその場を離れた。
 多川氏が向かう所は全て豪邸だった。
 身に付けている物から見て、幹部クラスだろう。
 それだったら護衛くらいわざわざ外部の専門家を使うより内部の専門家を使った方がいいと思うが、恐らく内部で監視されているとでも思っているのだろう。
 油断出来ない裏社会は自分で自分の身を守らなければならないのだ。
 そう思うと、俺はつくづく表社会の人間で良かったと思う。
「あ、済まない。そこの廃ビルで止めてくれ」
「はい」
 住宅が点々としか建っていない場所で車を止めた。
 多川氏が外に出たので、俺も車から降りて廃ビルを見た。
 5階建てのその廃ビルは、窓ガラスが全て取り除かれ、壁は塗装が剥がれ落ちてコンクリート肌がむき出しになっている。
 何年も経っている古いビルで不気味さも十分感じられる。
「ここは私の土地でね。3日後にこのビルを取り壊して新しいビルを建てる予定なんだ」
「随分と古いビルですね」
「使われなくなって約20年経つからね……そう、もうすぐ20年だ」
 気になる発言だ。
 もしかしてこのビルに…と思った時、反対方向からワゴン車がやって来た。
 通り過ぎるのかと思ったが、俺が止めて置いた車の後ろでピタッと止まった。
 車から真っ先に降りてきたのは相変わらず不機嫌そうな猫だった。
 タイミングが良いのか悪いのか、ある意味予想通りに猫達が来たのだ。
 猫の後ろに、電動ドリルを持った狐と阿部刑事、そして数人の鑑識人がいる。
「…いると思った」
 右手に携帯電話、左手に何故か空いていない缶ジュースを持っている猫のその発言は、俺に対してではなく多川氏に対して発せられていた。
「な、何だおまえ達は。ここは私の土地だぞ。勝手な事は止めて貰おう」
 多川氏の意見に阿部刑事が身分を明かそうと猫の前に出ようとした。
 が、猫は阿部刑事を止めた。
「関係のない人間を殺しておいていい気なもんだな、おじさん」
「私がいつ人を殺したと言うんだ。証拠もなしにでたらめを言うな」
 平然を装っている多川氏だが、微妙な動揺が見られる。
 壊れた携帯で死人の声を聞いた猫は問答無用に言った。
「今から18年前、あんたはこのビルで麻薬の取り引きをしていた。
誰にも見られていないと思っていたようだが、偶然通りかかった男性にその瞬間を見られてしまった」
 多川氏の手が大きく震えている。
 全てを消す為に、このビルを取り壊すつもりだったんだ。
「違う場所で銃殺した後、このビルの5階の一番奥の部屋の壁に男性の死体を…」
 猫が最後まで言う前に多川氏がコートの内側から拳銃を取り出した。
 オートマ式の拳銃がやや震えながらも猫を狙っている。
「何故分かったかはどうでもいい。死んでしまえ」
 他が動くよりも早く銃声が響き渡った。
 …普通ならばその時点で猫は撃ち抜かれて倒れている所だ。
 だが、猫は何事もないようにその場に立っている。
 銃声は一発、二発と続いたが、全て猫は避けきっていた。
 我が弟ながら恐ろしい回避力だ。
「銃を持つんだったらしっかり練習しておけ!!!」
 多川氏が油断したのを見逃さなかった猫は、持っていた缶ジュースを力一杯投げた。
 中身一杯の缶ジュースが混乱している多川氏の顔面を直撃した。
 余程の威力だったのだろう。
 多川氏は力尽きてその場に倒れて気絶してしまった。
 …さすがの狐も阿部刑事も猫の行動力に何も言えないでいる。
 銃を向けられても動じなかった猫は、溜め息を吐いて皆に言った。
「何惚けてんだ、行くぞ」
 と、さっさとビルの中に入って行った。
 先に我に返った狐が後を追い、阿部刑事もやっと止まっていた息を吐いた。
「ネコの不機嫌さは限度を超えるとああなるんだな」
 気絶している多川氏の様子を見ながら俺にそう言った。
「多分、あれくらいだったらマシな方だと思いますよ」
「あれでマシだって言うか?」
「多分」
 お互い、溜め息を吐くしかなかった。
 数秒後、ビルの最上階からドリルの音が派手に聞こえてきた。