猫は5歳の時から雄の柴犬を飼っていた。名前は『晴宗(はるむね)』。
驚いたのは、その名前を5歳の猫が付けたと言う事。侮りが足し。
当時の家主を主人とはせず、猫を主人としていつも横に付き添っていたらしい。
原家にいた為なのか、晴宗にも霊感があり、あまり良くない霊を見付けると吠えて追い払って小さな猫を守っていた賢い犬だったようだ。
そして、猫が中学1年生になった時。
高すぎる霊力を上手く制御出来なかった時期で、いつも以上に悪霊に追跡されていて、本人はかなり参ってた。
悪霊は人間を知らない内に死ぬ向かわせるのが目的のような存在。
疲れ切っていた時に、今まで以上にしつこく追いかけてくる悪霊に出会ってしまった。
無我夢中で逃げた先に出たのは、車が頻繁に走っている車道だった。
悪霊は猫を車に轢かせるように追っていた。
運悪くトラックが向かってきた直後、悪霊を追っていた晴宗が猫に体当たりした。
晴宗は猫の代わりにトラックにはねられてしまい、即死してしまった。
…と言うのが豹から聞いた過去話だ。
それ以後、猫は犬を飼う事を躊躇するようになったようだ。
分からないでもないけどな、そんな事があったんだったら。
ドッグランで遊んでいた犬達が飼い主と共にいなくなり、犬ではない俺達2人が残った。
猫は立ち上がり、大きく深呼吸をすると、笑顔を見せた。
「折角来てくれたんだし、麦茶くらい出してやるよ」
相変わらず可愛げない言い方だ。
「ごちそうさまです」
原兄弟の部屋の居間で黙って待っていると、麦茶以外に温泉まんじゅうも出てきた。
「これ、兄貴が先週社員旅行に行った時のお土産」
「へぇ〜、仕事人間の豹兄が旅行に行ったとはね〜」
「他の社員の話によれば、強引に兄貴を連れて行ったらしい」
「とっても頷ける話だ。じゃ、いただきまーす」
一口サイズのまんじゅうを口に入れた時、どこからか賑やかな音楽が流れてきた。
電話の音でも、携帯電話の音でもない、子供っぽい音だ。
「何だ〜?この音楽」
「……まさか」
猫が自分の部屋に行くので、俺もまんじゅうを数個持ちながらついて行った。
中心に椅子しかない殺風景な部屋の押し入れには、死人と会話をする為の色んな電話機が詰まるように収められている。
その電話機は全て、死人達が生前使用していた物だ。
猫はゴトゴトと電話機を避けていき、結果見付けたのが…。
「何だそりゃ。玩具電話じゃんそれ」
「玩具だな…」
それは、本来通話する事が出来ない、子供用の玩具電話だった。
本体はピンク色で、カラフルなボタンが縦横に並び、一つ押せば愉快な音楽が鳴る。
猫は、その電話の持ち主を知っている為、首を傾げながら受話器を取った。
「もしもし」
『ワン』
紛れもなく犬の鳴き声だった。
受話器から出てくる霊の声は、普通の人間には全く聞こえない。
でも、俺は猫より劣るが霊の声を聞けるくらいの霊力がある。
聞こえると言っても、受話器からだから猫にひっつくように耳を寄せてないと聞こえない。
普段、猫からの依頼があって初めて出張となるんだけど、
時々遊びに行くとこういう事になるので、ここぞとばかりに霊の声を聞いている。
猫は暑苦しいから放れろ、といつも拒むけど、今回は大人しかった。
『ワンッワンッ』
また受話器の向こう側にいる犬が鳴いた。
猫が電話機の底に貼っているメモを外して俺に見せてくれた。
電話機の持ち主は5歳で行方不明になった秋田犬の『シロ』。飼い主の住まいはここから車で
1時間で行ける山に囲まれた田舎村だ。
しかし、犬がどうやったら玩具電話で遊べるんだ?
「えっと…おまえは自分の名前が分かるか?」
『ワンワン』
「…俺が分からないな。じゃあ今から質問するから、イエスは1回鳴いて、ノーは鳴いちゃだめだ。
…分かったか?」
『ワンッ』
果たして理解しているのか分からないが、賢い犬と願うしかない。
猫は深呼吸をしてから質問を始めた。
「おまえの名前はポチ?」
『………』
「じゃあ、ハチ?」
『………』
「リュウ?」
『………』
「シロ?」
『ワンッ』
見事に自分の名前を答えた。
自分を分かっているだけでなく、人間の言葉まで理解しているとは、かなり賢い犬だ。
「よし。じゃ〜…シロは今海にいるのか?」
『………』
「山?」
『ワンッ』
「シロが住んでいた家から遠い?」
『………』
「家から近い?」
『ワンッ』
「そうか。いつもご主人様を見ているんだな」
『ワンッワンッ!!』
ご主人様と聞いて、シロは嬉しそうに何度も鳴いた。
名前も分かっていて、自分が居る場所も分かっているって事は、
この仕事は早期解決出来そうだな。
『ワンワン』
「あれ?」
「ん?どうしたネコ」
「いや、何か今の声、シロじゃない気がして」
『ワンワンワン』
さすがに霊である犬の声の聞き分けは俺には出来ない。
犬好きな猫だから分かるのかもしれない。
「シロ、おまえの側に他の犬がいるのか?」
『ワンッ』
「シロの子供?」
『………』
「捨て犬?」
『ワンッ!』
「ん〜まあ動物は人間より霊力あるからいてもおかしくないか」
『バンッバンッ』
『ウ〜ワンッワンッ!!!』
「え?おいシロ!」
通信は突然切れてしまった。
「今の音って銃声じゃね〜の?」
「ああそうだ。…シロは人間の事件に巻き込まれたんだ」 |