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死人探し屋ー携帯電話とカサブランカ

「マジでびびったぜ。あっちゃんに悪霊がとりついて凶暴化したのかと思った」
 狐が言う『あっちゃん』とは、もちろん明鉄の事だ。その明鉄は、俺の足元に座って俺を見ている。
 俺はと言うと、豹による右腕の治療を受けている。さすが人を守る仕事をしているだけあって、治療の手際が良い。
「おまえはもう少し痛がったらどうだ。こんなに穴が開いたら痛くないわけないだろ」
「目の痛みに比べたらどうって事ない」
「…だろうな。よし、これで終わり。あまり動かすなよ」
「ありがとう」
 包帯が巻かれた右腕は、痛みよりも熱を発しているのか熱く感じる。どちらかと言えば、右目の方が痛い…。
「しっかし、ネコも厄介な電話を見つける事に関しては天才的だよな〜」
「全て持ってきてもいいってわけじゃないだろ。今回は意識が飲み込まれる所だったんだぞ。深入りすると言っただろ」
 二人揃っていろんな事を言っているが、俺は別の事を考えていた。隼の本来の意識を彼自身に理解させるにはどうしたらいいのか…。
  そう思いながら左手に持っている携帯電話を見た。ストラップを見た事でさらに別の事を思い出した。
「狐、この花の名前は分かるか?」
「花〜?」
 狐にストラップの先端に付いているレリーフを見せると、狐は軽く答えた。
「カサブランカでしょ?」
「…カサブランカ!」
 そうだ、やっと思い出した。小さい頃に匂いが強い花ばかりの畑を見た事があった。一面が真っ白だった。それがカサブランカだ。
「ありがとう、狐。おかげで解決策が見出せた」
「そりゃどうも…って、まだやるつもりなのかよ」
「当たり前だろ。死人はすでに死んでいるから、多少時間をかけても問題ないけど、生きている人間の場合は時間をかけると死人になってしまう。それに、こいつは生きたがっている…」
 携帯電話を開き、写真を表示した。先程までは黒が多かったが、今は赤や青と、そして初めて白が混ざっていた。少しだけ俺が話した事で自分を意識し始めた、と言う事だろう。これだったら、救い出せる可能性が高い。
「ちょっと豹兄さん、弟に何か言ってやってよ。全然懲りてないよこいつ」
「…猫は一度決めると曲げないからな。次、同じ事が起こったらその携帯電話、没収するからな」
「分かった」
「え〜了承しちゃうの〜?」
「狐。心配してくれるんだったら、カサブランカを沢山買える花屋を教えてくれ」
「花屋?…ったく。しょうがない奴だなネコは。わかったよ、明日仕入れてきてやるよ。何本必要なんだ?」
「そうだな…開花しているのが10本、開花していないのが20本、これくらいで十分だろ」
「30本〜!?おいおい、今生花って結構高いんだぞ。いいのかよ、完全にボランティアなんだろ?」
「普通のサラリーマンよりは貰ってるから金額は気にするな。それに、買う物がないから増える一方なんだ」
「え、本当なの?」
 狐は俺にではなく、豹に聞いた。豹は無言のまま頷いた。
 俺はまだ未青年なので、金の管理は豹に任せている。サラリーマンのように毎日仕事があるわけではないが、命を張っている事もあり、一つの仕事で役員クラスの給料の2ヶ月分くらいの報酬が出る。ちなみに、払ってくれるのは警察庁のさらに上にある所らしい。そこの所はよくわからないけど、国として行方不明になっている人間を放置しておくわけにはいかないのだろう。もちろん、報酬の半分は実家に送っている。たまに、依頼主が貧困層な時は墓を建てる為の援助をする事もある。
「そう言う事だから、カサブランカは頼んだぞ、狐」
「りょーかい。ん?どこいくの」
 俺は立ち上がり、台所の冷凍室からアイスシートを取り出し、居間にいる狐に言った。
「寝る」

 次の日、狐が仕入れてくれたカサブランカを俺の部屋に飾った。一ヶ所ではなく、花瓶を置ける所全てに。
その為、カサブランカの匂いが至る所に漂っている。少し濃いかもしれないけど、しばらくは我慢だ。
「ワンッ!ウゥ〜ワンッワンッ!!」
「どうした、明鉄」
 いつもは俺の後ろをついてくる明鉄だが、切った花の葉や茎を台所に運んでいる最中、ずっと俺の部屋に留まっていた。
そんな明鉄が威嚇するように吠えていると言う事は、あの携帯電話絡みだろう。
 俺は冷凍室からアイガードタイプのアイスシートを取り出しそのまま右目に当てて装着した。まあ、あの暗闇の中で効果があるかどうかは分からないけど、気休め程度にはなるはずだ。
「ワンッワンッ!!」
「落ち着け、明鉄」
 俺の部屋に行くと、思った通り、明鉄は椅子の上に置いている携帯電話に向かって吠えていた。しかし、着信音は鳴っていない。
 携帯電話を開き、とりあえず写真を見てみた。昨日まで黒が大半を占めていたのに、今は白に近い灰色に覆われている。
どうやら花の効果はあったようだ。
 その直後、タイミングを見計らったように着信音が鳴り響いた。前回同様『トロイメライ』だ。
 俺は椅子をどかし、用意しておいたクッションと座布団を部屋の中心に置き、カサブランカを一本持ってから座布団に座った。
さすがに二度も椅子から落ちたくない。それに、真横に明鉄が座っているので安心感がある。
 準備は整った。俺は躊躇なく通話ボタンを押した。

 最初に気付いたのはカサブランカの匂い。ライトグレーに落ち着いたシンプルで果てしなく広い空間。
左手に持っている一輪のカサブランカ。…そして、右目の痛み。
 環境は改善されているのに、前回よりも痛い理由が分からない…。
『…痛い?』
 はっきりとした声が背後からあった。振り返ってみると、そこには俺と同じくらいの体格をした少年、清水隼が真っ黒な服装で立っていた。よく見ると、学ランである事が分かった。
『…痛いけど、おまえの心に比べたら大した事はない』
『意地っ張りだね、君』
 早くも見抜かれてしまった。どうも、俺が我慢している事を周囲の人達はすぐに察してしまう。表情に出ているのだろうか。
『…君のおかげなのかな、この世界は。とても懐かしい香りだ』
『俺はきっかけを与えたにすぎない。自分で理解しないと意味がないからな』
『理解?何を?』
『本来の自分をだ。…名前は思い出せたか』
『…まだ。…でも、あと少しのような気がするんだ』
 表情が柔らかい所を見ると、本心のようだ。
 俺の方は話せば話すほど右目が痛くなるのが気になるが、装着していたアイスシートがこの世界でも有効だったようで、今でもちゃんと右目を冷やしてくれているので、まだマシな方なのだろう。
 と思った直後に瞬間的な激痛が走った。…本当にマシになっているのか?
『…っ痛』
『…君はもう戻った方が良いよ。ここは普通の人だったら立っている事さえ難しい世界なんだ。
右目だけで済んでいるようだけど、あまり長くいると飲み込まれてしまう…』
『…おまえの意識次第だろ、俺の状態は』
『僕の?』
『この世界が通常通りになれば負の感覚はなくなるはずだ。まあ、おまえが自分の名前を思い出せれば、の話だけど』
『…』
 隼は再び考え込むようにうつむいた。これ以上ここにいると俺が危ないのは確かだ。引き上げた方がよさそうだ。
俺は持っていたカサブランカを隼に差し出した。
『この花を見ていれば思い出すはずだ』
隼はゆっくりと顔を上げ、カサブランカを手に取った。
『…分かった。思い出したら、また電話をかけてもいい?』
『いつでもどうぞ』
 隼は、この時初めて笑顔を見せてくれた。
『ありがとう』

 右目の、現実的な痛みに目が醒めた。
 クッションを枕代わりにしている状態で俺は寝ていた。右側にいる明鉄は安心しきった表情で熟睡している。
そして、左手に持っていたはずのカサブランカは消えていた。
 俺はそのままの体勢で、いつの間にか閉じていた携帯電話を開き、あの写真を見た。
空間の色は白一色になり、中心にはカサブランカが一本、地面に刺さっているかのように立っていた。
 それにしても…右目が痛い。