岩手山
いわてさん
| 2,039b | 2002.08.10 |
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| 岩手山山頂付近に雲がまとわりつき、流れの速い雲が次から次ぎへと岩手山を覆い被せている。連日の雨続きの中、
今日も雨と覚悟してきたが、登山口に着く頃、薄日が漏れてきた。雨でびっしょりと濡れた焼走り登山口駐車場には、
親子登山の小学生とその親達が丁度出発するところで、他に2〜3組の登山者の姿もみえる。
そんな焼走りコースから6:30分出発する。すぐ樹林帯の中に入り緩やかな道を進む。
間もなく、左手樹林帯の向こうに焼走り溶岩流が見え隠れし、展望台への道を駆け上がった。
荒涼とした溶岩流の風景が広がっている。1732年に噴火した岩手山の末端付近で、溶岩の厚さは5〜10bあるという。
1952年特別天然記念物に指定された、その溶岩流の上にのる。正面に裾野を広げた岩手山の絶景を見るが、
6合目辺りから上は雲の中だった。
私の岩手山登山は2度目である。5年前柳沢口から登ったが、3合目位で雨になり4合目辺りで強雨風になり、 ウインドブレイカー的なカッパしか持っていなかった私は、下山した事があった。 真夏でもしっかりしたゴアテックスのカッパは必ず持たなければならないと思い知った山である。その日の岩手山は豪雨になり、 それでも夫は頂上に登って下りてきたが、8合目避難小屋には何人かの人が閉じこめられたと聞いた。 そして翌年岩手山は噴火。そして登山禁止になり、 それからコースと期間の規制になり、思いついてすぐ登山出来る山ではなくなった。 そんな経過もあって、私の日本百名山が97山目になった時、百名山の最後は岩手山にしょうと、思った。 そして岩手山で完登の予定で、ささやかな完登の垂れ幕をリックに忍ばせて、意気揚々と札幌を出発した。まず、岩木山に登り、八甲田山 そして最後に岩手山の予定だったが、東北北部に前線が停滞しっぱなしで、連日雨。 岩木山では登山時からバケツをひっくり返したような雨と強風で、登山を断念。翌日も雨。 そして雨の間を縫うように八甲田山を登山。そして、今日この岩手山になった。99山目になった岩手山は暖かく私を迎えてくれ、 第一噴火口跡に着くと、日が差してきた。 |
| 登山口 | 第一噴火口跡を過ぎて山頂を見る |
| 見晴らしの良い第一噴火口跡の上からは、焼走り溶岩流や、駐車場や、広がる平野の向こうに姫神山が見える。
5年生の一行と一緒になり、おしゃべりしながら休憩するが、子供達は元気いっぱいで、お母さんの面倒を見ていられないと、
男子の4〜5人はサッサといってしまう。私達も砂礫の傾斜を登り始めた。
ここからは岩肌を横断するようにつけられた真っ直ぐな砂礫の登りで、まるで富士登山のようだ。
足をとられて登りずらく、背に太陽の日を受けて汗がドッと出てくる。左の砂礫の急斜面にはコマクサの群落で、
イワブクロやオヤマソバが咲き、そのずーと上に岩手山の頂上が見える。右の斜面もコマクサの群落だが、
眼下にはのびのびと平野が広がる。
5合目ツルハシの分かれに着いた。砂礫の道と別れ、樹林帯となり暑い日射しから逃れられて、歩くペースも快調だ。 平笠不動からの急登を進み、ハイマツ帯を抜けると火山礫の斜面になった。いつの間にか天気が変わり、 辺り一面霧が立ちこめ、濃霧となる。霧の中に動く人影を見ながら、只、ひたすらに登る。 霧で体もじっとり濡れ寒くなったのでカッパを出していると、小学生が登山道から離れ、 脇の斜面を進んでいくのが見えた。トイレかなと思ってみているとすぐ濃霧で姿が見えなくなった。 誰かが叫んだ。登山道に戻れ。私の心臓が高鳴る。間もなく濃霧の向こうに人の動く気配が見え、安心した。 |
| 砂礫の登り | 山頂 |
| 山頂外輪山への登山道脇は高山植物がたくさんだが、すべて深い霧が飲み込んでしまっている。
外輪山の上に出た。風が強い。すぐ前を歩いていた二人の若い男の人が戻ってくる。風が強いからといって下山しょうとする。
頂上はすぐそこですよと云うが下りてしまった。
濃霧で辺りが見えないが、5〜6分進むと岩手山最高峰薬師岳に着く。10時到着。
4〜5人の登山者が岩手山山頂標識の下に座っていたが、
深い霧は水滴となってしたたり落ち、強風と相まって、皆すぐ下山。そして又、登山者が到着するといった具合で、
広い山頂は、人の動きが影絵のようだ。
うまい具合に風が直接当たらない岩陰を見つけ、そこで休憩しながら山頂のそんな様子を眺め、下山。 平笠不動あたりで走って登ってくるランニング姿の学生と会う。岩手山麓で陸上部の合宿をしているという。 10分位過ぎてから次々と学生が走って登ってきて、中には女性も2〜3人おり、その迫力に圧倒される。 登山口まであと800bの所で雨が降ってきた。樹林帯を出て、登山口を後に駐車場の車に戻ると雨は本降りとなり、 間もなくドシャ降リとなった。 Tシャツ一枚のあの学生さん達風邪でもひかなければよいがと思いながら、ドシャブリの雨の中、鉛温泉に向かう。 岩手山山頂で100山目をむかえられなかった残念な気持ちは失せ、カッパを着ないで岩手山を登ることが出来た喜びに浸る。 田宮虎彦の「銀心中」の舞台になった鉛温泉の一軒宿、藤三旅館の立ち風呂へと楽しみは広がっていた。 |