だだっぴろい空港に、こつこつと足音が響いていく。
ガラガラとスーツケースが運ばれていくのを、俺はじっと見ていた。

英士が行ってしまう。
俺達のもとから、いなくなってしまう。
そんなことばっかりが、俺の中でぐるぐると回っている。

目の前を、背筋を伸ばして歩いている英士は、間違いなく、自分の未来を見つめていた。
それにくらべて、俺達はとぼとぼと、今日日本を旅立つ英士の見送りに、ついていくだけだ。

俺の後ろにいる一馬は、もう目が真っ赤になっていて、ずっと鼻をぐすぐすいわせていた。
「絶対泣いたりすんなよ?笑って見送るんだからな!」
俺と、一馬の約束。
真剣に誓う俺に、「泣くわけないだろ」と強がっていた一馬が、今、一人、泣いている。

この春に、俺と一馬は、高校を卒業したあと、プロになることが決まった。
ふたり同じチームがいいなんて、いつまでも子どもみたいなことが言えないのは、痛いほどわかってる。
たとえチームがはなれたとしても。
俺達がトモダチでいることに変わりはない。
もし、同じピッチの上で、敵として戦うことになっても、それはまた、いつか一緒に走るためなんだから。
俺達がひとつの目標を追い続ける、仲間でいるかぎり。

そして、英士は、韓国のチームへの所属をきめた。
英士の気持ちは、ずっと前から知っていた。
だから、いつかこういう日がくることは、ずっとわかっていたはずなんだ。
ただ、それが、この春だっただけで・・・

「・・・」
おばさんとおじさんが、英士に話しかけ、英士がそれにうなづいた。出国の手続きはおわったようだった。
やっと、英士がこっちをふりかえって、俺達を見る。
空港へ向かう車の中では、俺たちはほとんどなにもしゃべらなかった。きっと今が、俺達の、最後のおわかれのシーンなんだろう。

なにか、話さなければいけないと思うのに、言葉が出てこない。
英士がこっちを見てるのに。俺が話し出すのを待っているのに。
一言でももらしたら、体中の力が抜けて、涙腺も緩みまくって、俺はどうにかなってしまいそうだった。

口を開きかけると、勝手に言葉が飛び出そうになる。
(いくな、英士!)
さけびだしそうな気持ちを、必死で押さえ込む。
ぶるぶると震え出しそうなのを、こぶしを握り締めて耐える。
(好き、好きなんだ、ずっと好きだったんだ)
まっすぐに俺を見る英士に、そういえたら
離れていくのをやめてくれるだろうか。
これからもずっと、いっしょにいられるだろうか。

変わってしまう。
離れたら、きっと変わってしまう。

英士のいない時間が、俺を変えてしまう。英士を、変えてしまう。
今度会うときには、もう、俺の知らない英士がたくさん増えていて。
おれもきっと、英士の知らないおれになってしまうんだ。
離れて、おたがいに成長するっていうのは、そういうことなんだ。

英士、好きだ、好きだよ。
誰より、なにより英士が好きだ。
きっとサッカーより。
ずっと英士とサッカーやってたい。
ずっと一緒にいてほしい。
どこにもいかないで、ずっと俺たちと、一緒に…!

目の前にいる英士にとびついて、そう叫びそうになった瞬間、一馬がうしろから英士を呼んだ。
「えいし…」
普段はだれにでも強がって見せる一馬が、ぽとぽと涙を流している。
いつだって、一馬は俺たちの前でだけ、自然に甘えたり、すねたり、本音を漏らしてきてた。
「英士、英士・・・」
一馬も引き止めたくなる気持ちを必死に抑えてるんだろう。ただ、英士の名前を呼ぶ。
言葉にならない、一馬が贈った思い。
それを受け止めて、英士が手を差し出した。

目元をぐいっとぬぐった一馬が、その手を握り返す。
「一馬。元気で」
「英士も」
握手したまま、視線を交わして、一馬はまた一歩下がった。

英士が今度は、俺のほうを向く。
おれは今度こそ、変なことを言わないように、きつく唇をかんだ。
目をおもいっきり見開いて、うるんでくるのをごまかす。

英士。英士だ。目の前に英士がいる。
当たり前に思ってきたことが、これからはそうじゃなくなる。
さみしくて、たまらないけど、俺に英士を止めることはできない。
だから、今だけでも、目の前にいる英士をずっと見ていたかった。

英士も、じっと俺をみつめている。
唇の端が、ぴくぴくと震えて、への字になってしまうのをむりやりもどして。これじゃ泣くのを我慢してるのがばればれだ。
それでも目に全部の力をこめて、ただ英士を見つめ続けた。

(がんばれ、がんばれ、英士、がんばれ)

強く、強く祈りながら。俺の全部の気持ちが、英士に伝わるように、ただひたすらに。
言葉の代わりに。英士の力になるように、思いをこめて。
離れていても、思い出すたびに、強くなれるように。

泣いてしまうのが嫌で、唇をかんで、息も止めている俺は、なんにも言うことができない。
前にも、こんなことがあった。
あの時も、英士が自分で乗り越えるしかない問題で、俺は、同じピッチに立っていたけど、何も出来なくて。
ただ、がんばれ、がんばれ、と心のなかで何度も叫びながら、英士を見つめていた。
今みたいに、一瞬目が合って。
英士は、俺のがんばれ、っていう心の中の声が、聞こえたみたいな、顔をした。

あの時のことを、俺は忘れない。
だから今も、英士を見つめる。
あのときは、同じピッチにたって、同じ空の下で、同じゴールを目指していた。
でもこれからは違う。
俺達は別々の道を選んで、こうやって、旅立っていく。
俺達は、走り出したんだ。今度は、もっと大きなものに向かって。

いつか、一緒に、太陽を背負ってサッカーするために。


気が付いたら、ほっぺたに熱いものが流れていた。
…最悪。なんのためにここまでが我慢したんだか。

「英士っ!これは違うんだ。寂しいとか、悲しいとかじゃなくて。
お前が強くなって、帰ってきて、一緒にゲームするとこ想像したら、感動して、それで…」

「わかってる」

慌てて説明する俺に、英士が頷いた。

「わかってるよ、結人」

英士が、俺の手を取って、固く握り締める。
「結人。ありがとう」

英士にそういわれたとたん、俺は両手で英士の手を握り締めて、泣いてしまってた。
結局泣かないなんていう約束、守れるわけなんてない。
俺達はもっと大事な誓いをしてしまってるんだから。
ずっと、ずっとトモダチでいようって。

俺が少し落ち着いたのを見計らって、英士が手を解いた。
それが寂しくて、ごまかすように俺は親指をつきたてる。
それを見て、英士が笑ってくれた。
俺はその笑顔をずっと覚えていようと思う。


俺達は変わっていく。
それぞれの選んだ道で、それぞれに。
だけど、変わらないものも、きっとあって。
それが、ホントウのことなんだ。


「いってきます」
俺と一馬にそう言って、英士は歩き出した。
きっと英士は振り返らない。まっすぐ前を見て、歩いていく。
そして、俺も、英士の後ろ姿を静かに見送った。






end
                                              




SPECIAL THANX!

おともだちのあゆさんに若郭をいただいてしまいました!!!
なんとなんと、私がケツメイシの「トモダチ」を聴きながら思い描いていたアンダーと
ほとんどいっしょで、ホントに読んでびっくりびっくり!!!
そうなのー!コレなのコレ!(号泣)

あゆさん、ほんとにありがとうございます〜!!!



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