恋のイチゴ含有率。 ぼくが日本で暮らしていた頃の英士は、傍で見ている者が驚いてしまうくらいに、物事に執着を見せなかった。 でも従弟だからと云う身贔屓ではなく、小学生だった英士は本当に可愛らしい顔立ちをしていたと思う(今は大層美人さんに育ってくれましたが)。 殆ど表情を変えない所為で何を考えているのか分からない印象を与え、周囲には可愛いタイプには見えなかったらしいけれど・・・。 些細な表情の変化は雄弁で、其れに気付かない人間が多かっただけなんだとぼくは思っている。 英士の表情を崩してみては、『こんなに可愛いのに・・・。』などと思うのは、多分ぼくだけが知ってる愉しみだったのだろう。 可愛いから、嫌われない程度に苛めてみたい。なんて、結構誤った小学生をしていた気もするけど・・・。 結果的に嫌われなかったのだから、其れは其れでまぁ・・・良かったんだろう。 英士がたまに見せる思慕のような・・・ぼくだけへの特別の態度は嬉しくて、そして少しほっとした気持ちになった。 初めてぼく達がキスをしたのも――キスとは云っても、其の時にはキスをしたと云う感覚はなかったんだけど――成り行きと云うか、英士を困らせてみたい気分だったからで。 ぼくが英士を特別に好きだと想ってることに気付いた時には、英士のくちびるを誰にも触れさせたくなくて、独占欲で以って即座に約束を取り付けていた。 ぼくが抱えていた独占欲は、イチゴの香りと共に明らかに表面化したけれども。其れを受け入れてくれる英士が居るから、ぼくは今でもあまり淋しいとは思わない。 ぼくが韓国に帰ってからも、そして此れからスペインに行くことになっても、英士が約束を無効にするとは思わないから。 馬鹿でもいいから、交わした約束が壊れないことを信じていたい・・・。 学校の行き帰りや、ロッサの練習も、そして家に帰ってからでも、親達が『仲良しなのね・・・。』なんて、頬をゆるめてしまうくらい多くの時間をぼくは英士と過ごしていた。 此の日はぼくの家でお昼を食べた後、買い物に出かける母親を見送り、二人で留守番をすることになっていた。 食後のデザートにと云うことで出された、紅く色づいたイチゴをソファのある部屋へ移って食べることにした。テレビをつけていても目を惹くような番組がなくて、つまらない状況であまりじっとしていられない性分のぼくは、横に座っている英士に視線を移した。 上品なくらい綺麗にイチゴを口に運ぶ姿を見ていると、ぼくだけがつまらない想いを抱えているのが理不尽な気がした。 英士がまた一つ口に運ぼうとしているイチゴを、フォークごと口許に引き寄せて奪う。ふいに重なった手から、ひんやりとした英士の体温が伝わってきた。 急なことに思考がついていかなかったのか、しばらく固まって。英士はぱちぱちと睛をしばたたかせてから、小首を傾げる体勢で訊いてきた。 「ゆんぎょんはイチゴ好きなの?」 何処か外した其の問いかけに、ふいに可笑しくなって笑う。英士がフルーツ好きなのを知っていて、わざと意地悪する為に横から奪ったのに。奪られたことに何も感じていない様子の英士を見ていると、困った表情を見たかったぼくとしては少々気が抜けてしまった。 「・・・嫌いじゃない程度に好きだよ。」 別に英士のイチゴまで奪って食べたくなるくらいに、お腹が減っている訳でも、イチゴ好きな訳でもないから・・・。 でも、其の応えをどうやって受け止めればいいのか迷うような、複雑な表情になった。 「でも、ヨンサの食べてるイチゴの方が美味しそうに見えるんだもん〜。」 此れは本当のことで、ぼくは英士が食べているものの方が圧倒的に美味しそうに見えてしまう性質らしい。 違う味のアイスクリィムを食べている時なんかは特にそうで、英士のといつも交換してもらう羽目になる。しかも、交換してもらうとまた英士が食べている方が美味しそうに見えて、アイスクリィムがなくなるまで延々交換が続くのだ・・・。 「じゃぁ、こっち食べる?」 差し出された透明なガラスの器を無視して、ぼくはテーブルに置いていた器の中から一つイチゴをつまんで、英士の口許に近づけた。 次の行動への伺いをたてるような視線を絡めてくる英士に、言葉ではなくくちびるにイチゴを押し当てることで応えた。 口を開けて少し大きめのイチゴの進入を受け入れた英士がもごもごと咀嚼していく様を見てると、なんだか無性に悔しい気持ちになった。 「ズルイー。やっぱりヨンサの食べるイチゴの方が美味しそうに見える!」 英士のくちびるの奥に入っていくものは、たとえ自分が口にしているものと同じでも美味しそうに見えるから・・・。 「イチゴ返して!」 なんだか悔しくてどうしようもなくて、あまり深く考えることなく英士のくちびるに自分の其れを重ね、くちびるの奥からイチゴを取り戻そうと舌を伸ばした。 肩にかけた手から、躯をかたくする英士の緊張が伝わってきたけど、構わずに英士の舌の上に残っているイチゴを自分の元へ運ぼうと躍起になった。 英士の体温であたたかくなったイチゴは濃度をあげたように口中で香り、既にどちらの唾液かも分からなくなっている液体と共にごくりと飲み込んだ。 重ね合わせるくちびるの位置をずらして、もう一度舌を差し込む。 猫がミルクを舐める時みたいに、ぴちゃぴちゃ濡れた音がして、なんだか躯が熱くなっていた。其の理由を考えるのを後回しにして、英士のイチゴ味のする舌を吸う。そうすると、英士が鼻から抜けるような声を上げた。 驚いてくちびるを離すと、苦しかったのか頬を紅くして息を整えている涙目の英士が目に入ってきた。 べとべとになっている英士の口周りを指で拭っていくと、びくりと躯を震わせ、ほんの少しの間だけ視線を上げ、だけど重なる視線に何処かうろたえたような睛になってまた俯いた。 もしかして・・・。 「ヨンサ、かわいいー。今、困ってるでしょ。」 ぎゅうっと安心させるように抱きしめて、英士の髪をくしゃくしゃする。抱きしめた拍子に、英士が持っているガラスの器とフォークがぶつかる音がしたから、怖がらせない程度のゆるい力で促して、英士の手から取り上げてテーブルに移動させた。 もう一度抱きしめて、耳元で「ねぇ、困ってる?」と訊くと、無反応でいることを諦めたのか微かに英士が頷いた。 「其れって、今みたいなことされて嫌だったから困ってるの?ぼくのこと嫌いになった?」 いくら英士の困ってる表情が見たくても、嫌われたくはないから、此処は重要な問題なのだ。嫌いになったかと訊ねた時の声が、どうしてだか掠れてしまって、本当は少し泣きそうになっていた。 ふるふると左右に揺れる、英士の細くて綺麗な髪。 其れに安心して、抱きしめていた英士の肩に自分の額を押し当ててゆるく息を吐き出した。 「良かった。ヨンサに嫌われたらどうしようかと思った・・・。」 吐息だけで笑って英士が、逆にぼくの頭をなでてきた。 「ズルイのはどっちなの、」 「・・・え、ヨンサでしょ?」 「違うと思うんだけど?」 「どうして?イチゴ返せとか云うから?」 「・・・其れも違うと思うんだけど。」 「じゃぁ、どうしてなの?」 ぼくの問いかけに、苦笑と共にふわりと首元をくすぐるようなため息一つ。 「何されても嫌いになれないから、ゆんぎょんはズルイ。」 「・・・ね、ね。ズルくても、ぼくだけ赦してくれるって云う意味なら・・・ぼくがヨンサの特別だって云う意味なら、凄く嬉しいんだけど!」 離れるのが少し勿体ない気もしたけど、英士の顔が見たくて顔を上げる。 「他に困るくらい我儘云ってくる人間なんて、居ないよ。」 間近に見れば、薄く睛を眇める仕草だって何処か照れを含んでいて優しい。 英士のことをもっとよく見ていれば、表情がないだなんて云えなくなると思うんだけど・・・。でも、競争率を上げるのは得策ではないから、誰にも教えてあげない。 「其の云い方、ひどいよ。」 拗ねたように云うと、英士の睛が揺れるから。 「ねぇ、いっこ我儘きいて?」 ぼくに反応してくれることが嬉しくて、どうしようもなく英士のことを好きだと思った。 「其のくちびるはぼくだけのものがイイ。」 だから一生ぼく以外の誰にも触れさせないでって云ったら、英士が馬鹿でしょって云って微笑った。 馬鹿でいいから、頷いてくれた時の其の、優しい優しい笑顔をぼくは一生忘れたくないと思った。 fin SPECIAL THANX! カジツシロップ☆の哉巳春菜さまにいただきました!! 「イチゴの話が可愛いです!」と言ったらなんと いただけちゃいました!いやぁ〜言ってみるもんだわvえへv このチビ潤英はほんとに可愛くて情景が眼に浮かぶようです… 春菜さま、ほんとうにありがとうござました! BACK>> |