でも今はあの頃より15pも伸びた
今なら負ける気はしない――





7月28日、晴れ





窓側にある円いテーブルは、合宿中俺たちの指定席となった。
俺たちがどんなに食事に遅れようがそこは確実に空いていたし、もし何かの手違いで他の誰か
が座っていようものなら、きっと一馬が黙っちゃいないわけで、まぁ、とにかく俺たちは朝昼晩の
3食をその席で食べることが出来ていた。

「一馬、好きなものばかり選んでるね、それ。」
「えっ?!・・・や、そんなことねーぜ・・・?」
「結人も。お前、ずっとカレーばっかじゃないか。」
「いいじゃんよ別に。」

カフェテリア方式をいいことに、このふたりは自分の好きなものしか選ばない。
そのたびに俺は毎回同じことを注意して、結人に「うっせーよ」なんて言われる。
嫌な役割はいつも俺。
お前らなんて栄養の偏りすぎで肌荒れでもしたらいいんだ。
ああ、話がずれた。

トレイを持っていつものあのテーブルへ。
しかし今日はだいぶ様子が違う。
まずそれに気づいたのは一馬で、急に立ち止まったその背中に余所見をしていた結人が激しく
ぶつかった。

「って、おいっ!一馬っ!急に止まんじゃねーよ!」

幸い結人のトレイにはぶつかって零れるようなものは乗っていない。
ただ、銀色のスプーンが床に落ち、独特な金属音を出した。
一馬は「ああ、ごめん」と小さく言うが、その目は結人を見ておらず、食堂の一角を凝視している。

「?」

一馬の目線の先を追うことで、俺も結人もすぐ事態に気づいた。
俺たちの指定席、あの窓側の円いテーブルに先客がいたのだ。
楽しげに笑い、ふざけ合い、食事する、もう随分と見慣れてしまった3つの頭。
風祭と杉原と小岩だ。

「おい、お前らなに座ってんだよ?」

と、不機嫌に顔を歪ませた一馬は威勢良く凄んでみせる。
すぐそばに俺と結人がいるときの一馬は強い。
や、最強かもしれない。
おいおい、いくらなんでもそれは言いすぎだろう・・・と思ってしまうほどのセリフでも平気で吐いて
しまう。
その度胸がひとりの時にも発揮できれば藤代になど負けないのに、と俺は常日頃思っているけど
そんなこと口にすることはまずない。

「真田くんたち、席空いてないの?」
「ぼくらもやっと今ここに座ったんですよ」
「ここしか空いてなかったもんなー」

風祭、杉原、小岩がそれぞれに言う中、一馬の肩がかたかたと震えだす。
ここで一馬のやつが「ここは俺らの席なんだよ!どけよ!」なんて叫んだら、また椎名になんて言
われるか分からない。
というか、椎名こそ仲良しこよしで固まってるじゃないか、と、俺は声を大にして言いたいわけで。
ヘンな争いにだけは巻き込まれまいとする結人は、いつの間にか桜庭たちのテーブルにまざって
カレーを頬張っている。
なんて奴なの、結人。

「ちょっと狭くなるけど、真田くんと郭くんもここに座る?」

風祭の要らぬお節介を丁重に断ろうともしたが、トレイを持ったままいつまでも突っ立っているわ
けにもいかなかったから、本意でなくてもこの際仕方がない。
食堂隅に置いてある予備の椅子を一馬に持ってこさせて、窮屈ながらもなんとか席に落ち着く。
結人がこっちを指差して桜庭たちと大笑いしているのがなんとなく分かった。
あとで覚えときな結人。

「郭くんたちと食べるのって初めてだよね。」

笑顔でそんなこと言われても困るんだけど。
返事なんて必要ないと思ったし、特に話したいとも思わなかったから、俺は風祭を無視して黙々と
食べ続けた。
一馬も俺と同じような行動をとっている。
さっさとこの場から立ち去りたいのは一馬だって一緒だ。

「もうひとりはさっさと桜庭たちのテーブルに合流したんですね。相変わらず要領がいいね、若菜
くんは。」

若菜君は、という言葉をやけに強調したそのセリフ。
吐いたのは風祭の横に座る杉原で、顔を上げると、奴の何かを企んでいるような嫌らしい微笑み
と鉢合わせしてしまった。
そしてふと思い出す。

『でも今はあの頃より15pも伸びた。今なら負ける気はしない』

選考中のハーフタイム時、俺にそう言ってのけた杉原。
言われたときは気にも留めてなかったが、後半に入りそれなりの活躍を見せるものだから俺はす
っかり面食らってしまったのも事実だ。

「相変わらず3人でいるから思わず笑っちゃいましたよ。ああ、懐かしいなーなんて。ロッサにいた
頃は郭くんたちに随分お世話になったからね。」
「世話した覚えはないよ。ね、一馬。」
「えっ?!え、・・・あ、ああ、うん・・・。」

ちょっと、なに一馬動揺してんだよ?
ここで慌てたら杉原の思うつぼなんだからね。
そうこうしているうちに杉原の口角は異常につり上がり、なんともいえない不気味な笑みが俺たち
を襲った。

「郭くんたちが覚えてなくても、ぼくはちゃんと覚えてますよ。真田くんがぼくの後頭部にボールを
ぶつけて知らんぷりしてたこととか、若菜くんがぼくのドリンクに味の素を混入したこととか、郭くん
がぼくにだけお土産のお菓子を配ってくれなかったこととか、あ、そういえば、君の従兄弟の・・・ご
めん、名前が出てこないんだけど、従兄弟にもほっぺを伸ばされたりしたよ。『わー、すごい伸び
るー』とか言ってかなり喜んでたね。子供だよね。それに・・・」

早口で一気に捲くし立てる杉原を誰も止めることが出来ず、風祭と小岩はまるで軽蔑しているよう
な目で俺と一馬を見ている。
や、確かにそんなこともあったかもしれないが、もう時効だろ、そんなもの。

「・・・川崎ロッサって楽しそうなところだね・・・。」

風祭のその言葉と、杉原の勝ち誇った笑顔。
この際小岩はどうでもいいけど、こいつらと同じチームでやっていくなんて俺のサッカー人生最大
の汚点でしょ。

今夜は一馬と結人が泊まりにくる!YES!













「・・・うっわ・・・これって日記ってやつ・・・?」

英士の机の上に無造作に置かれていた一冊のノート。
それを何気なく手にとってみて、悪気もなくぱらぱらとページを捲っていくと、なんと英士の日記帳
だったというわけで。

「結人、人の日記読むなんて、いくら仲が良くても失礼なんじゃ・・・。」

一馬はしきりに注意を促していたが、結人がそれを聞き入れるわけもなく。
そのうち一馬も食い入るように日記を読み漁る。

「つーか、まさか英士が日記をつけてるなんてな・・・。しかもやけに長くね?小説家にでもなる気
かよ、あいつは。」
「結人、そろそろ英士戻ってくるんじゃないか・・・?」
「平気だって。・・・英士ってさー、日記でも『でしょ』とか言ってんのな・・・さむ。」
「何気に俺らのこともボロくそ言ってるよな・・・。」
「他にはどんなこと書いてあるんだ?・・・」

ページを捲ることに夢中になってるふたりは背後の英士に気づかない。

「・・・ふたりとも、いい度胸してるよね・・・。」

その後、結人と一馬は二週間ほど英士に口を利いてもらえなかったという。





FIN



SPECIAL THANX!

ぽっつさんのサイトで18000打を踏んで書いていただいたキリリクです!!
英士vsタッキー。
タッキーの思い出話と風祭のフォローが笑えますv
そして何気に要領のいい結人が結人が…可愛すぎるっ!(>w<)
ぽっつさん、ほんとーにありがとうございましたっvvv






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