試合前のロッカールーム。
いつもは結構騒がしいのに、今日はただの練習試合にもかかわらず、やけにしんとしていた。
相手が相手だからかもしれない。
マリノスユース。
前回の練習試合で、手痛い敗戦を喫しているのだ。
自然、今日は負けたくないという思いがわきおこり、ピリピリしたムードをつくりだしていた。
一馬なんかも緊張した面持ちで、まったく口を開かない。
そんな状態だから、普通に話をするのも憚れるような雰囲気で。
英士は結人の肩を軽く叩いて、ロッカールームの外へ行こうと合図を送る。
すぐに結人から小さく『×』のサインが出る。
その理由も承知のうえで、英士は「いいから」と有無を言わさず、結人を連れだした。

ロッカールームから少し離れたところまできて、人目がないことを確かめてから、英士が口を開く。
「さて、なんでこんなところまで連れてきたかわかってるよね?」
「逢い引きするため?」
冗談めかして答える結人だったが、英士はかけらも笑わなかった。
「真面目に答えてほしいんだけど」
「こえーって英士。なんだよ一体」
「言いたくない気持ちもわかるけど」
埒があかないとふんだのか、英士が実力行使に出る。
結人に近づいて、その額に手を触れさせた。
「やっぱり!熱がある」
「ちがーう。絶対ちがーう。お・れ・は平熱ー。英士の手が冷たいだけー」
「そうだと思ったんだ」
「聞けよ、人の話」
しかし結人がなんと言おうと、英士の中では、結人が熱があるというのは疑うべくもなく、
今まさにそれが立証されたといったところであった。
「朝から様子がおかしかったもんね。無理してるっぽかったし」
「なんで気付くんだよ」
ごまかせる相手じゃないと結人は観念したらしい。悔しそうにこぼす。
「やっぱり愛じゃない?」
「英士がそんなに俺のこと想ってくれてるとは知らなかったな」
「嬉しいでしょ?」
「今はあんまり」
正直に結人は言う。
英士がわざわざ試合前に自分を呼び出して、そのことを指摘するということは、
つまりこの後の試合に出るなと言いたいのだろうことは容易に想像できる。
「でもな英士、確かにちょっとだけ熱あるけど、全然なんでもないんだぞ?」
だから結人は先手をうった。
しかし英士にあっさり否定される。
「そうかな。今はまだ他に誰も気付いてないみたいだけど、このままじゃすぐにバレると思うよ。
 本当はひどいんでしょ?熱何度あるの?」
「そんなにひどくないって」
「何度?」
まったく譲らない英士に、結人は仕方なく苦し紛れに
「ミスド」
と言い放つが
「おもしろくないから」
と英士には、冷たくあしらわれてしまい、言葉に窮する。
「結人」
「マジで大丈夫だから。試合に影響は出さないから」
「今日の結人見てる限り無理だよ。これって結人ひとりの問題じゃないんだからね?
 チームのみんなに迷惑をかけることになるかもしれないんだよ」
英士の言うことは正論だ。
それは結人にもわかる。
「でも嫌なんだ。負けたままなんて嫌なんだ。ちゃんと借りを返さなきゃ」
「俺たちが結人の分まで頑張るよ」
「英士っ!」
結人が泣きそうな目で英士を見る。
「英士ならわかるだろ?どんなに俺がこの試合出たいか」
「……」
「もしこのこと監督に言ったら、俺 一生英士恨むよ?」
しばし じっとお互いの目を見合う。

先に折れたのは英士のほうだった。
「わかった。俺からはみんなに言わない。結人に一生恨まれるのは嫌だしね」
「英士っ」
結人の顔がぱっと輝く。
「そのかわり足引っ張っちゃダメだよ」
「誰に言ってんだよ」
途端むくれる結人に、英士が笑って謝る。
「ごめんごめん。 じゃそろそろ戻ろうか」
「― あ、英士」
「ん?」
ロッカールームに戻ろうと、すでに背を向けていた英士に、結人が待ったをかける。
再び結人に向きなおると、結人は自分の両手を、前にそっと差し出した。
「?」
その行動の意味をつかみかねて、英士は結人の顔を見る。
「手、握って頑張れって言って」
「え?」
「そしたら俺、最後まで頑張れるから、絶対」
真剣な表情で結人が言うから、英士も真剣に応えた。
結人の手に自分の手をそっと重ねる。
「結人。本当は俺、無理してほしくないんだよ。でも結人の気持ちもわかるから、
 もし俺が結人の立場だったら、やっぱりみんなに隠して試合に出ると思うから」
そこでいったん言葉を切ると、繋がれた手にそそがれていた視線を結人に戻し、
その目を見て、ちゃんと気持ちが伝わるように、英士は強く言った。
「だから頑張れ」
「うん」
「頑張れ」
「うん」
「頑張れ」

手がほどけた。
その瞬間、一瞬だけ、結人は英士を抱きしめた。
「ありがと」
そして、すぐにたたっとロッカールームへ向かって駆けだす。
「結人っ」
英士は思わずその背中に呼びかけていた。
「絶対勝とうね!今日の試合」
「当然っ」
結人はあふれんばかりの笑みとVサインで応えた。





end
                                              





SPECIAL THANX!

しかさんのサイトで7000打を踏んで書いていただいた純・若郭(笑)
もう、本当に…このSSを思い出すだけで胸がくるしくなるほど大好きです(><)
まさに私の理想の若郭ってこれなんですよぉおお!!
しかさん、ありがとうございました…!

結人の「ミスド」可愛すぎる…(爆笑)



BACK