君のためにできること 冗談のように、英士が宙で一回転した。 地面にどんと投げ出され、それから足首を押さえてうずくまる。 『マトリックス』ばりのスローモーションで見えていた景色に、音が戻ってきた。 ―――― ピピーッ! 「英士っ」 「おい、郭っ!」 「大丈夫か?!」 審判の笛が鳴るやいなや、一馬が真っ先に英士に駆け寄った。 ベンチで監督が立ち上がり、コーチが飛び出してくる。他のやつらも水分補給をしながら、心配そうに見ている。 おれは、ただ立ち尽くすしかなかった。 英士がサイドの桜庭にパスを出した後、スライディングしたヤツがさらに加速するのが見えた。絶対、見た。 「あぶない」と言おうとした瞬間、英士が吹っ飛ばされた。 「……っざけんな」 周りに聞こえないくらいの声で呟いた。 全員が知っている。 今日のこの試合、流れを作っていたのは英士だった。 相手もそれを判っていたからこそ英士にマークを張り付かせ、チェックをかけていた。 足を少々削られるくらいでパスが狂うヤワな英士じゃないから、余計に相手もイラついたんだろう。 偶然を装って、パスを出した後の英士の足を引っかけやがった。 コーチが『ダメ』と指でバッテンを作り、交代が告げられる。杉原と交代。 英士は足首を押さえたままコーチや鳴海に抱えられて行った。 一馬がおろおろと後を追おうとして、藤代に襟をつかまれている。 イエローを喰らったアイツ―――ゼッケン8番は、チームメイトとへらへら笑ってやがる。 おーお、机をポンと叩く仕草。ハイ、消えた!ってか。お前はキンキンか。 ――――絶対、許さない。 おれらの力、ナメんじゃねーって。このままで済むと思うなよ。 この落とし前はきっちりつけてやる。 でないと、おれの腹が収まらない。 とりあえず、前線に戻る一馬の首をつかんでヘッドロック。耳もとにささやく。 「ええっ?何言ってんだよ。ムリに決まってんだろ?!結人」 渋る一馬を言いくるめるのなんて、ちょろいもの。 「おっ前、悔しくないのかよ?英士が怪我させられたんだぜ?」 ほら、すぐに頷いた。 「よっし。目に物見せてやろう」 とん、と一馬の肩を叩き、走り出す。 そこからはもう、おれのオンステージ。まるでリサイタル。おれの後ろに道はできる。 クリアしたボールを受けるのはおれ。シュートのこぼれ球に詰めるのはおれ。ドリブルで持ち込むのはおれ。 英士退場の時点で後半6分。スコアはゼロゼロ。 終わってみれば、おれの2得点2アシストで4−0。圧勝。 今日の相手なんて本気出したおれにとっては超小物。 試合後のヒーローインタビューがあったら、「今日のゴールは郭くんに捧げます!」とか言ってやんのに。 「いいから肩につかまれって、英士」 「みっともないから、いい。……荷物持ってくれるだけで十分だよ、結人」 「明日は絶対、病院行けよ」 「うん、そうする」 骨に異常はなさそうだということで、アイシングとテーピングで処置をして、英士は終わりのミーティングにも参加した。 英士の家まで約1時間。 まさか一人で帰すことはできないので、付き添いがてら荷物持ちをしている。 普段より弱ってる人間にくっついてあれこれ世話を焼くのって、意外と楽しかったりするんだよな。 生殺与奪権を握ってる気になるっていうか。 一馬はなんだか納得できない様子で、何度も振り返りながら先に帰っていった。 だって、あいつん家ド田舎だから早く帰んないと。 やはり足が痛むらしく、英士の歩みは遅い。そしていつもより少しだけ、表情が険しい。 夕方の込んでる電車で、どうにか一人分だけ席を見つけて英士を座らせる。 普段なら意地でも座らない英士だが、今日は素直に従った。 「ワガママなプレイもいい加減にしないと、そのうちボール回ってこなくなるよ?」 そんで一言目がそれかよ。まっ、いいけど。 「だーいじょぶだって。おれって人気者だし」 「すぐ前線に上がっちゃって、ディフェンスは伊賀にまかせっきりだったでしょ。 サイドもフォワードも追い越してゴールに詰めるし。 イエローぎりぎりのスライディングするし。危なっかしいプレイは信用なくすモトだよ」 試合中、メモでもとってたのかコイツ。 ちなみにきっついスライディングかけたのは、あの8番に対して。鮮やかにボールを奪ってやった。 きっちりこかしてやったし。 もちろんノーファウル。おれって天才? ざまぁみろ。 「いいんだよ、別に。伊賀はどんどん上がれ、っつってくれたし、椎名ですらおれを前に行かせるんだぜ? 全員の意思なの。おれの活躍は」 みんな呆れ半分、あきらめ半分だったけどな。 「ホントにみんなどういうつもりなんだろうね。一馬はセンタリングをスルーして結人にシュート打たすし、 藤代も何だかおかしくなかった?」 「そうだったかなー?」 確かに一馬には「おれにどんどん回せ」と言った。 中盤が攻撃参加したら相手の意表をついて点取りやすいから、とか適当言って納得させた。 けど、藤代は知らない。誓って無実。 ケモノ並みのカンを持ってる藤代だから、きっと何かを察したんだろう。 「あれだけできるんなら、普段からやりなよ。おれが退場してから、いい動きばかりするなんて」 「いつもいつもあんなに動ける訳ないだろ。体がもたねーよ」 英士が退場してなかったら、あれだけ動けてないって。集中力のなせるわざだな。 「だったらもっと体力つければいいでしょ。ムラっ気ありすぎるんだよ、結人は。 それとも、おれと組んでる時は動けないとでも言うの?」 小言のオンパレード。……それとも愚痴なのか、コレ? 「英士、もしかして拗ねてる……?」 「何言ってるの……」 心底、呆れ返った表情。それでも意地悪くニヤリと笑う。 「なんだー、そっかー。やだなあ、英士くんたら。やきもち妬いちゃって、カワイー」 「だから違うって」 ふっ、と笑う英士を見て、ほっとする。 試合が終わってから、コイツ、少しも笑ってなかった。 怪我させられて、途中交代して、またその相手は杉原で。今日は調子よさそうだったのに。 悔しくてたまらないんだろう。 スライディングを避けきれなかった自分を責めて、弱みを見せている自分を情けなく思ってるんだ。 あー、自虐的。だからコイツは気遣われると余計に苦しむ。 さっきも、英士がふらつく度に出そうになる手を必死でこらえていた。 しっかりしているようで、実は馬鹿。ほんとに馬鹿。 自分では完璧な人間だと思ってるよ、絶対。一人で生きてるつもりかっての。 優しいおれはそんな英士のプライドに障らないように遠回しに気を使ってやる。こっそりと、な。 「ったく、しょーがねーなー」 「しょうがない、はおれのセリフでしょ」 見上げるように睨まれる。 けど、と英士が続けた。 「ありがとう、ね、結人」 真っ直ぐに心配してはやれないけど、カタキを取ってやることができる。 はっきりと労わってはやれないけど、気を紛らわせてやることはできる。 |
SPECIAL THANX! すずさんにアイコンを差し上げたのですが そのお礼にこんなステキなSSをいただいてしまいました…!! 「カップリくさくない若郭+サッカー風味」 というリクに見事に応えていただきました〜(T∇T) キャー!結人の独壇場かっこいいよぅ!!! そして伊賀、いいヤツ…一馬の微妙なハブり具合もツボで…(笑) すずさん、本当にありがとうございます! 裏設定のスタメンも最高(笑) GK:渋沢 DF:翼、木田、内藤 MF:伊賀、結人、桜庭、上原、英士 FW:一馬、藤代 |
back>> |