夏が来ると
夏が来る。
夏が来ると、夏休みが来る。夏休みが来ると、潤慶が来る。潤慶が来ると、結人が来る。
結人が来ると、一馬が来る。
そんな訳で、夏が来るとみんな英士の家に集まる。
そしてこれはそんなある夜のお話。
「だっから潤慶は客間で寝りゃいいじゃん! 俺はここで英士と寝る!」
「結人は“お客サマ”だろ。僕は身内だしヨンサと寝るよ」
「却下。俺が英士と寝る!」
「それこそ却下。ヨンサの貞操が危ない」
「それはお前だろ!」
「結人に云われたくないよ!」
幼馴染と従兄弟の昔から変わらないこの様子を、英士はやや――いや、かなり――呆れ気味に眺めていた。
こうなるともう二人は、話にならないこの堂々巡りを誰かが仲裁に入るまで止めない。
隣で一馬も呆れかえっているようだ。どうする、と目で訊いてくる。
さて、二人が何を云い争っているかと云うと。
潤慶が夏休みを利用して来日し、ここにいるのは四人。
いつもなら三人で英士の部屋に適当に寝るが、流石に四人となるとそうもいかない。
なので話はこうなった。客間と英士の部屋で二組に分かれよう、と。
「久しぶりの従兄弟との再会なんだから、ここは譲れよ!」
「お前、昼間散々英士に襲いかかっといてまだ云うか!?」
するとこういう展開になった。昔からのお約束というか、何というか。潤慶と結人には“みんなで客間で寝る”という発想は念頭にないらしい。
いい加減疲れてきた英士が、OK、わかった、と間に入る。
「あ、そうだよね、ヨンサは僕と寝たいよね!」
「まさかそんなつまんねえ冗談、英士は云わないだろー」
黙れ、と英士が二人を睨んで、
「俺は一馬と寝る。二人は朝までそうやってれば」
英士は驚いている一馬の手をさっさと引いて出て行ってしまう。
「あーヨンサ怒っちゃった」
「誰の所為だよ」
「さあ。結人かな」
早足に自分の手を引いていく英士に、いいのか、と云うと、
「どうせすぐに来るでしょ」
さらりと流す。
自分と寝る、なんて少し驚いたがやっぱり嬉しいのが本音。
手首を掴む細い腕に一馬は照れるが――そんな時間、長くは続かない訳で。
「英士、怒るなよ。な、一緒に寝ようぜ!」
「いいよ、ヨンサ。今回は“みんなで”で我慢したげる」
そう云って両側を当然のようにさらっていく二人に、一馬はどうすることも出来ず。
――はあ、と人知れず溜息をついた。
と、今度も当然のようにこうなる。
「僕がヨンサとこっち寝るからさ、結人向こうでいいじゃん」
「いい訳ないだろ! 俺と英士がこっちで潤慶あっちな」
英士としてはどちらもよくない。
「……一馬、そろそろ寝よっか」
「そ、そうだな」
英士は遠慮なく電気を消す。
「あ、待ってよヨンサ!」
「うわッ、暗れえ!」
四人、中央に頭を寄せ合って寝た。
英士の隣に、潤慶、正面に結人。結人の隣には一馬。
闇の生きる和室で、窓からは月明かり。
エアコンの音が妙に通る中何故かみんな黙りこんでしまって、少し笑えた。
「何。英士何で笑ってんだよ」
「結人こそ笑ってる」
「一馬もだ」
「だってなんかみんな静かだからよ」
今度は大声で笑った。
ずっと昔の、楽しい思い出が息を吹き返した瞬間だった。
「ああ、覚えてる! あの頃一馬って、まじで泣き虫だったよなあ」
「うるせえな。結人なんか通信簿に“落ち着きがない”って書かれたことあるだろ!」
「あははッ。あったあった」
「潤慶笑い過ぎだぞ!」
こういうの、いいな――英士は思う。昔の思い出を共有出来る人がいるのは、とても貴重なことだ。それだけで自分は独りではないのだと安心出来る。
そう云えば――と一馬が、潤慶と初めて逢ったときのことを思い出す。
「幼稚園、違うな。小1の頃か!」
「そう。俺たちが1年生の夏。潤慶、あの頃からもう日本語話せたよね」
「ヨンサと色んなこと話したくて必死で覚えたんだぜ」
「嘘」
「本当だよ」
ぐいと結人が英士の手を引っ張る。潤慶がムっとしたのが闇の中でも判った。
「それより! 英士覚えてるか。お前、俺の“およめさん”になる約束してんだぞ!」
はあ、という英士の手から、潤慶はさりげなく結人の手を払う。
「違う違う。結局、僕のものになるってことで話まとまったんだよ」
また首を捻る英士の手を、結人が掴む。
「何云ってんだよ。俺が勝負勝ったじゃん。な?」
まだ思い出せないらしい英士の手から、再び潤慶が結人の手を払った。
「違うって。勝ったの僕だよねー」
二人共何故か爽やかな笑顔である。
そんなことあったけ、と英士が一馬に問う。
水面下で進行していた熾烈な争いに気を取られていた一馬は、一瞬反応が遅れて。
「――あ、ああ。じゃんけんのことだろ」
「じゃんけん、って」
ああ――思い出したように英士が漏らし、少し苦笑した。
「覚えてるよ。勝負とか云うから判らなかった」
「そうそう! 結人と僕、どっちのおよめさんがいいかヨンサ云わないからさー」
云えるか、そんなの。
「だからじゃんけんで決めようってことになったやつな!」
――今考えれば恐ろしい。
たかがじゃんけんで自分の運命が左右されるところであった。
しかし――あれは結局。
「お互いズルしたりあいこばっかりとかで、決着つかないんじゃなかったけ」
「俺もそんな覚えがある」
一馬まで云うので二人とも、ううん、と考え込む。どうやらそれぞれ都合の良いように記憶していたらしい。
「ま、いいけどね。もっかい僕が勝てばいいんじゃん」
す、と潤慶が立ち上がる。
「あーなるほど。これで改めて英士が俺のもんだって再確認される訳だ」
結人も対抗して立ち上がる。
「じゃ、今夜こそ決着つけてあげるよ!」
「臨むところだな!」
気分はさしずめ姫を取り合う騎士である。
「ちょっと、二人共恥ずかしいから止めてよね」
「止めるな英士。男には行かなきゃなんねえときがあるんだ!」
「ヨンサ、ちゃんと迎えに行くから待っててね!」
「――ふ、二人共訳わかんないし!」
しかしまあ、勝負といっても。
「よし、いくよ――、」
「待て。最初はぐー、か?」
「じゃーんけーん、からがいい?」
二人共サッカーのときとはまた違う真剣さである。
「じゃ、いくぞ――」
「な、英士」
「じゃーんけーん――」
「何、一馬」
「ポンッ!」
「これで勝った方の嫁になんの?」
「――あーいこーで、」
「……なる訳ないでしょ」
「しょッ!」
全力で数十分じゃんけんをする二人を見ていい加減英士も、恥ずかしさよりも呆れの方が勝ってきた。
「バカだね、本当に。二人共本物のバカ」
「確かに――バカだな」
ああ、ごめーん、と潤慶が倒れこむ。
「ヨンサぁ、因縁の対決未だつかずって感じー」
「疲れたー。潤慶同じもんばっか出すの止めろよなー」
「結人もさっさと負けてよね」
「お前が負けろ」
「って云うか。じゃんけんの賞品が俺なの?」
そこが気に入らない。
二人はきょとん、とする。
「俺、随分安くない?」
――なるほど、と潤慶が頷いた。
「男たるもの力づくでものにしろってことか!」
「ちが、わッ、ちょっと潤慶!」
「うわッ、俺の英士が犯されるッ。英士!」
「誰が結人の――いや、ちょ、ちょっと二人とも!」
「た、助けて一馬!」
しかし一馬は――既に寝ているらしい。
すやすやとそれはそれは穏やかな寝息が聞こえてくる。
「わッ、や、ちょっとやめ――」
四人の在り方がよくわかる、そんな風にして過ぎてくある夜のお話……?
余談。次の日、結人は家に、潤慶は韓国に強制送還されたらしい。
END
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