<アルマ=マーラー>21歳で結婚し、31歳で死別される。 波瀾万丈に生きた彼女の回想録より、 「偉大な作曲家」である「夫」はどう描かれるのか… |
石井宏氏はアルマを次のように紹介している。
「アルマ=マーラーは、画家シントラーの娘として、1879年に生まれる。彼女が13歳の時に父は死に、母は父の弟子、カール・モルと再婚する。彼女は死んだ父を好きであり、あたらしい父は嫌いであった。ここにフロイトの指摘するコンプレックスの状態がある。後年18歳も年上のマーラーと結婚したのもこの心理と関係があろうし、さらには結婚生活10年の後半にはふたりの生活は一触即発の危機が何度もあったにもかかわらず、最後まで崩壊しなかったのは、アルマのこの心理に関係があることは、フロイトの指摘するとおりであろう。
彼女は生家も養家も中流の裕福な暮らしで、不自由なく育ち、絵に、文学に、哲学に、作曲に、早くからその才能を見せたばかりでなく、大輪の名花であったから−美人でマーラーより背が高かった−社交界の寵児であった。その点、田舎の庶民生まれで、しかもユダヤ人のマーラーとは、格段の相違であった。人がこの結婚に反対したのは、無理からぬことであった。
21歳でマーラーの子を宿して結婚することになる。31歳で死別する。その後、バウハウスの巨匠ワルター・グロピウスと結婚、離婚、さらに作家で詩人のフランツ・ウェルフェルと結婚、アメリカに亡命、ハリウッドに住む。1945年、66歳にして夫と死別。1964年、彼女の愛したニューヨークで85歳の生涯を終えた。
その間に、彼女の恋人として、三人の夫とは別に彼女の周辺に現れ、彼女に恋をした男達は数え切れない。画家のグスタフ・クリムト、作曲の師であるツェムリンスキー、画家のオスカー・ココシュカ、ニューヨークの主治医フレンケル、マーラーの友人のブリロヴィチ…彼女はどこにいても男達を魅了し、啓発するミューズだった。」
(『グスタフ・マーラー 愛と苦悩の回想』 アルマ・マーラー著 石井宏訳 「訳者あとがき」より抜粋)
アルマは生前にマーラーに関する2冊の著書を発行している。上の『グスタフ・マーラー』もその1冊である。ただ、アルマの死後、これらの文献について矛盾や改ざん等、その信憑性が問われ、虚実を明らかにしようとする試みがなされている。
たしかに「自分に都合の悪いことは書かない」「都合が悪くとも、自分が同情されるような場合は別」のような記述が多いように思う。自分が「不貞」をはたらいていたことなど、おくびにも出さず、「淑女」を装っているようにさえ見えるのだ。最近の研究では、自己顕示欲や支配欲のかたまりといって良いようなアルマの実像が明らかになってきている。
アルマに関する様々な文献をみるに、この女性かなり「したたか」である。生まれも育ちも良く、教養もあり、自分が美貌の持ち主であるということも心得ていた。「魔性の女」のにおいがたちこめる。
マーラーは死を迎える1年前、フロイトの診察を受けているが、その最大の悩みがアルマの不貞であったことはよく知られている。まさに、2番目の夫となるグロピウスがそのときのお相手であった。別項のように、不貞がマーラーに発覚し、アルマがマーラーを選んだ後も、アルマの不倫は続いていたようである。一説によると、8番初演のためマーラーがミュンヘンを奔走していたころ、アルマはグロピウスを情夫として迎え入れていた。アルマの愛情は既にグロピウスへ向かっていたと見ていいだろう。また、グロピウスと結婚した後は、ヴェルフェルと同様の関係となり、今度はグロピウスがマーラーと同じ立場となる。
マーラーとの結婚前も結婚後も、アルマに関する色恋沙汰は枚挙に暇がない。その多くが芸術家であり、大なり小なり彼女から影響を受けていることも間違いない。
したがって、この伝記的な一冊も、矛盾点やねつ造された点など、マーラーの妻として「文字通りに受け取れない部分」を考慮してマーラー像を明らかにする必要がある。そうして、アルマの文章を吟味すれば、そこにマーラーの生きた姿をみることができるはずである。
| 『グスタフ・マーラー 愛と苦悩の回想』より抜粋… 「今日マーラーがわが家にくるんですよ。いらっしゃいませんか」 私はお断りだった。マーラーなどに会いたくなかった。…というのは、彼の評判が悪かったからである。彼の顔は知っていた。額の広い、小柄でせっかちな男だった。…秋には、自作の第1交響曲を指揮した音楽会に行ったこともある。だが、この作品などは完全に私の嫌いなものであり、腹が立って受け付けられないものだった。(pp10-11) (第3交響曲初演のクレーフェルトに赴いたとき) ここでのマーラーの評価は、オペラの監督ではあるが道楽に化け物のような交響曲を作曲し、よせばいいのに他人の迷惑もかえりみず、それを演奏しようとしている男、ということになっていた。(p78) |