−詳細解説− 交響曲第9番 ニ長調 Symphonie 9 D dur 


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<詳細解説> 

 交響曲第番 ニ長調 Symphonie 9 D dur (Symphony No.9 D major)


<楽器編成>
ピッコロ、フルート4、オーボエ4(4番はイングリッシュ・ホルン持ち替え)、クラリネット3、小クラリネット1、バスクラリネット1、ファゴット4(4番はコントラファゴット持ち替え)、ホルン4、トランペット3、トロンボーン3、チューバ1、ティンパニ(2奏者)、大太鼓、小太鼓、シンバル、トライアングル、タム・タム、グロッケンシュピール、低音の鈴3(音程指定有り)、ハープ、弦5部。
ユニヴァーサル版による)

<演奏時間> 約75分

<楽曲成立までの主な経過>

1909  トープラッハにて作曲に着手(6月)  ニューヨーク・フィルハーモニー管弦楽団主席指揮者就任
 アメリカへ(秋)
1910  ニューヨークにて完成(4月1日)
 ≪第10番≫に着手
 パリで≪第2番≫指揮
 ミュンヘン≪第8番≫初演指揮(9月12日)
 アムステルダムで≪第7番≫指揮(10月)
 ニューヨーク・フィルと演奏会シーズン指揮(11月〜12月)
 アルマとの関係が悪化=不貞発覚(⇒アルマの実像も参照)
 フロイトの診断を受ける(ライデン) 
1911  死去(5月18日)

 (ミュンヘンブルーノ・ワルターによって、
 ≪大地の歌≫初演(11月20日)) 
 パリで≪第4番≫初演
 ニューヨークで演奏会(1月〜2月)
 心内膜炎を患い、体調さらに悪化
 パリで治療(4月)
 ウィーンのサナトリウムに入院(5月)
 娘マリア・アンナの墓の隣に埋葬
<ウィーン郊外グリンツィング墓地>(5月22日) 
 
1912  ウィーンでブルーノ・ワルターによって初演(6月26日)

<解説>
 マーラーが完成させた最後の交響曲である9番は、マーラーの交響曲の中でも人気が高い。一つにはその厭世観や諦念感、「死への思い」が表現されている(とされることが多い)からであろう。
 この曲の作曲に先立って、1907年はマーラーにとって大きな転換点であった。この年は、長女マリアが逝去し、指揮者として全盛を築いたウィーンを追われ、ヨーロッパを離れる決断を迫られた年である。付け加えるならば、アルマとの結婚生活も目に見えて冷えてきていた。第9交響曲スケッチの一頁には、「ああ、消え去った若き日よ!ああ、破れた愛よ!」といった書き込みが見られる。(アルマのグロピウスとの不倫(⇒アルマの実像)が発覚するのは、1910年の夏…つまりこのスケッチの翌年である。)
 傷心のマーラーは、4番から8番までを作曲したマイヤーニッヒを離れ、次の“作曲の地”として、いや、むしろ「逃避先」としてトープラッハ(Toblach)選んだ。トープラッハは、チロル南部、ドロミテ山脈中にある保養地である。マーラーは生涯の最後の数年間、夏の作曲はここで行った。アルマが見つけた豪邸を借り、その近くに例によって作曲小屋を建築した。マイヤーニッヒで着手した≪大地の歌≫はここで完成している。
 9番を作曲したころ、すでに長女マリアを診察した医師に心臓病を告知されていたが、マーラーの健康は徐々にむしばまれつつあった。しかし、それに反比例するように創作意欲は高まっていったようにみえる。作曲にかける時間の短さ、作品の完成度の高さがそれを裏付ける。9番はまさにそのような創作全盛期に作曲された「傑作」である。
 柴田南雄氏は「マーラーの全交響曲、全歌曲集のなかにあって、群を抜いた存在である。単に異彩を放っている、という以上のものであり、これによって彼の創作活動の画竜点睛が成った、といっても過言ではない。その独自性にみちた構造、大胆きわまる書法は、まさに大芸術家の生涯の絶頂期にのみ、可能なものである。楽章は四つと数は少ないが、各楽章は十分な長さを持ち、特にフィナーレの長大なアダージョは圧巻である。 …<中略>…≪第九交響曲≫はマーラーにおける交響曲の完結であり、頂点である。どの楽章のどの主題も、高い音楽的表現力を保有しており、平易凡俗の影はまったくない。」(柴田南雄著『グスタフ・マーラー』)と述べている。

 1909年の6月に着手したこの作品は、8月にはスケッチが完了していた。そのころのワルター宛の手紙には「新しい交響曲に最後の手を入れている」とし、総譜について「それは狂ったように大急ぎで、あわただしく、ほとんど書きなくられたので、とても他人には読めないだろう。今年の冬に何とか暇がとれて、総譜の清書ができると良いのだが…」と記している。その後アメリカに戻ったマーラーの演奏活動は熾烈を極め、同年年11月から翌年3月にかけて40回以上の演奏会を指揮している。9番の清書はその合間を縫って続けられた。健康な肉体をもってしても極めてハードなスケジュールである。午前中は作曲に専念し、午後は指揮者稼業に従事するといった超多忙な生活を送って、ついにそれは実現した。4月には「僕の第9の清書が終わった」とワルターに伝えている。この性急さは、自分の死を予感し、残された時間を最大限に利用しよう、としているようですらある。マーラーが自らの命を削ってまでいいたかったこととはなにか…
 
 “9番”というナンバーは作曲家にとって宿命的な番号でもあり、マーラーも当然怖れを抱いていたといわれる。≪大地の歌≫が交響曲とされながらも、ナンバリングされていないが、その理由の一つとされるほどである。この9番が、いまや余命いくばくもないと感じたマーラーが、自分の「死」を意識して作品にした、「死」のにおいをプンプンとにおわせている作品…そうとらえられるのは、当たり前なのかも知れない。
 しかし、はたして本当にそうだったのか?…創作活動の絶頂期であるマーラーは、本当に「自己の死」を意識してこの曲を書いたのだろうか? もとより、マーラー作品には「死」のにおいのたちこめるものが多い。それは多くの兄弟を亡くしている、マーラーの生育暦からもよく指摘されるところである。第1交響曲からすでに「死」は意識され、葬送行進曲としてあらわされる。


 「…アルマ・マーラーも彼女の自伝の中で、…≪亡き子をしのぶ歌≫はマーラーにとって特に個人的な思い出のこもった作品であろうと指摘している。その第4曲≪子ども達はちょっと出かけただけなのだ≫の終わりでは、天上での子ども達の幸福な生と、死後の世界での彼らとの合一が歌われている。「私たちもあの子達を追い、高みへと行ってみよう、陽の輝きの中を。今日、あの高みはいいお天気だ!」。この結びの部分が第9交響曲の最後に引用されているという事実は、マーラーがいかに彼の個人的な感情と体験をここに描き込んだかを示してくれよう。それを裏書きする証拠は他にもある。終楽章第8小節に引用された≪原光≫の歌詞も「むしろ私は天国にありたい: je liber möcht' ich im Himmel sein 」であった。そして、88小節以下で想起される≪大地の歌≫の『告別』も、もちろんこの世からの別れを歌っている。」
「…マーラーは楽章の最後になってから(153小節から148小節ではまだ「モレンド」である)ドイツ語の『死に絶えるように』を用い、終結部の内容に関わる意図を特に明確にあらわしたのである。『死に絶えるように』はマーラーの他の作品では二つの作品に見られるにすぎない≪原光≫の最後と≪大地の歌≫の最後であり、どちらも内容に関わる指示となっている。第9交響曲・終楽章における引用が、この両作品と≪亡き子をしのぶ歌≫の第4曲だけからとられている理由は明かだろう」(ペーター・アンドラシュケ『グスタフ・マーラーの第9交響曲』1976)


メンゲルベルクのスコアへの書き込み
 ≪大地の歌≫は「友」への別れである!(人間の別れ!!)
 第9交響曲は彼の愛したすべてのもの−そしてこの世−への別れである! 彼の芸術、人生、音楽への別れ
 第1楽章:「彼の最愛の者たち」への別れ(妻や子どもへの別れの言葉−この上なく深い悲しみ!)
 第2楽章:「死の舞踏」(「汝死すべき!」)汝生きる限り、消えゆくべし。恐るべきフモール
 第3楽章:最後のフモール−! 仕事、創造、すべての死を免れようとするむなしい努力!!
  トリオ:偏屈な思想(原モティーフ)
 第4楽章:マーラーの「白鳥の歌」
 マーラーの魂は自らの告別を歌う! 彼はその内なるものを歌い尽くす。かれの魂は最後の別れを歌う−「さらば!」と歌う!かくも豊かな、波乱に満ちた彼の人生は−今や終わりを告げようとする! 彼は感じ、歌う。「さらば、わが竪琴よ」
 「全体があまりに粗野になるようなら、各声部の余りに多すぎるffはすべて修正すること」
 「明確にする必要のある箇所では、どこでも無数の(十万もの)fpとpを書き入れること」
 「第1ヴァイオリン・第2ヴァイオリン等々、各パートだけで入念なパート練習を行うこと」


 ベルクはこの曲をマーラーがこれまでに書いた中で最も驚くべき作品とみなしている。ベルク曰く
「ぼくはまたしてもマーラーの≪第9番≫を全曲弾きとおしてしまいました。第1楽章はマーラーが書いた最も壮麗なものです。…この楽章全体の基調となっているのは死の予感です。それは幾たびとなく姿をあらわします。現世の夢のすべてがここに絶頂をきわめています(だから、このうえもなく繊細な箇所のあとにはかならずあらたな沸騰のように爆発するクレッシェンドがつづくのです)。この爆発がもっとも強烈に起こるところは、いうまでもなくあの死の予感が確実なものとなり、深い、苦痛に満ちた生の欲望のまっただ中へ『偉大な威力をもって』死がおとずれる恐るべき場面です。…」(妻レへーネへの書簡:酒田健一訳)


 ベルクの師であるシェーンベルクは、単にマーラーの筆法を使って、「他の作曲家」(それは、いわば神のようなもの)が書いたかのように思える作品であるとしている。シェーンベルク曰く
「彼の≪第9番≫はきわめて異例です。そこでは作曲者はほとんどもはや発言の主体ではありません。まるでこの作品にはもう一人の隠れた作曲者がいて、マーラーを単にメガフォンとして使っているとしか思えないほどです。この作品がもたらすものは、動物的な温もりを断念することができ、精神的な冷気のなかで快感を覚えるような人間のもとにしかみられない美についての、いわば客観的な、ほとんど情熱というものを欠いた証言です。…≪第9番≫はひとつの限界であるように思われます。そこを越えようとする者は、死ぬ他はないのです。」(酒田健一訳:『マーラー頌』)


<第1楽章 ニ長調 アンダンテ・コモド  (緩徐楽章)>
 夢見るようでまた歌うようなニ長調の旋律で始まるが、やがてもっとせき立てるような短調の主題がこれに対置される。後者はまことに陰鬱でリズミックな音形を基礎としており、行進曲のリズムをもつトランペットの信号音によって何度か分断される。この二つの気分は、何度も交互に入れ替わるが、夢見るような気分は次第に陰鬱な気分に道を譲ってしまう。そして緊張は、いくつかの力のこもったクライマックスで爆発する。それらのうち3番目の、ばらばらに分解された主題の断片の重なりから生み出されたクライマックスでは、破局的な出来事が告知される。すなわち、トロンボーンとティンパニが、あたかも最後の審判を招き寄せようとするかのように「最大の暴力をもって」(総譜の指定)轟きわたる。これに応えて、葬送行進曲のリズムが鈍く響き(「重々しく葬列のように」)、その中から、楽章冒頭ではヴァイオリンで夢見るように歌われたあの第1主題が見るも無惨なすがたに変形されてもがき出る。しかし終末の日はそれでも到来しない。ただ、さまよい歩くような独奏楽器のカデンツァが表現する、通り過ぎる葬列の悲しい影が暗示されるにすぎない。
 コーダにはいると、フルートが弱々しい旋律を諦観と詩情に満ちて奏でるが、これは<亡き子をしのぶ歌>の終曲に基づいている。最後に、遠くから響くホルンがもう一度主題を回想し、過ぎ去った日々を顧みる。こうして哀愁に満ちた気分が広がるが、やがて、この楽章はあたかも無の中に溶解するかのように終わる。
 ソナタ形式と複主題変奏曲によって組み立てられたこの第9交響曲の第1楽章について、マーラー崇拝者であったアルバン・ベルクは、妻にあてた手紙の中で次のように書いている。「これは、この大地に対するこれまで聞かれたこともないような、愛の表現なのだ。大地の上で平安の内に生きたい、死がやってくる前に、大地を、自然を、そのもっとも奥深いところまで味わい尽くしたいという憧憬なのだ」
(アルフォンス・ジルバーマン著『グスタフ・マーラー事典』pp227〜228)

<第2楽章 ハ長調 レントラー・スケルツォ (ゆるやかなレントラーのテンポで)>
 大規模なスケルツォであり、それまでの陰鬱な気分を嘲うかのように、音楽は快活さを取り戻す。マーラーここで三つの舞曲主題を交互に登場させている。「ゆったりとしたレントラーのテンポで、ややぎこちなく、非常に粗野に」と総譜に指定された第1のものは、快適な響きのハ長調で提示される。はるかにテンポの早い、強調されたリズムをもつ第2舞曲主題はホ長調で、また非常にゆるやかで哀愁を帯びた第3のレントラーはヘ長調で出る。第1レントラーが極めてユーモラスに始まるのに対し、第2の主題はほとんど踊れないほどの速いテンポで驀進、まるで辛辣なパロディーのように響く。それは同時に、強烈な爆発力を持つ点でグロテスクな性格すら帯びている。ここでマーラーは、各舞踏主題にそれぞれ機知に富むと同時に奇怪でもあるオーケストレーションを施しており、それによってこの楽章全体がパロディー的なからかいの精神に貫かれたものとなっている。したがって、この楽章でもまた行われている生の喜びにあふれた現実性のしっかりとした基盤を獲得しようとする企ては、結局亡霊的なコーダで終わることになる。そこでは、ちょうど第1楽章の結尾がそうであったように、遠くからうつろなホルンの音が響き、警告的に、あるいは威嚇的に、来たりつつある災いを予告する。
(アルフォンス・ジルバーマン著『グスタフ・マーラー事典』p228)

<第3楽章 イ短調 ロンド・ブルレスケ (アレグロ・アッサイ、極めて反抗的に)>
 しかし、この予告は黙殺される。この楽章では、すでに第1楽章の結尾で告知された無の中に向かう沈降に対し、様々な力がなおも抵抗する。この楽章では、これまでとは別の形式、すなわちロンドが用いられている。それによって、自然と結びついた地上的なものに対する不満が、あらゆる抑制から解き放たれて、縦横無尽にその猛威と暴力をふるうのである。それは単に「きわめて反抗的」であるばかりでなく、ブルレスケとして粗野で滑稽でもあり、形式そのものをパロディー化してしまうような不機嫌さなのである。「アポロにおけるわが兄弟たち」に献げられたこの楽章では、片時もじっとしていないせわしなさが、ほとんど過剰なまでに展開する。ここでマーラーは、みずから第3交響曲の一節を引用し、彼がしばしば愛好してきた民謡風の響きをグロテスクなまでに戯画化し、また素朴な対位法を用いて、リズム的にコマ切れにされた音像を描き出している。
 多種多様な主題や動機の断片から組み立てられたこの楽章は、ホルンの絶叫や木管楽器の鋭い不協和音によって引き裂かれた、強烈な音響によって支配されている。それは混沌(カオス)を告知しながら、自分自身にしかめっつらをするような音楽である。これに対し、第1楽章の第1主題の夢見るような放下感を彷彿とさせる、幻想的な内容を持った非常に豊かな主題がヴァイオリンによって奏でられ、それまでの苦々しい不機嫌さを忘れさせようとする。しかし、この試みも挫折してしまう。この主題はクラリネットの金切り声によって中断され、ロンド・ブルレスケの冒頭の騒がしい素材が回帰してきて再び全景を支配する。この楽章は、その冒頭と同じようなフォルテシモの地獄的な気分で終わる。
(アルフォンス・ジルバーマン著『グスタフ・マーラー事典』pp228〜229)

<第4楽章 変ニ長調 アダージョ  (きわめて緩徐に モルト・アダージョ)>
 変ニ長調の非常に緩やかな、また抑制をくわえられたアダージョである。それは、ロンド・ブルレスケで歌い出されながら無惨に歪められてしまったあの素材から発展したものである。それはここでほとんど讃歌を思わせるような第1主題に姿を変え、さらに変化を繰り返し、常に情熱を高めていくような旋律へと発展する。マーラーはその中央に、すでにスケルツォで一度用いた動機を置いている。まるで後を振り返るかのように−−−ここは悲劇を予告する第1楽章のファンファーレもまた、形を変えてもう一度用いられている−−−、この旋律は、第2のモチーフを通じて「無表情に」低音群の中に解消され、後者はヴァイオリンの高音に導かれる。そこでは、その諦観の内に我々を無限の彼方に連れて行くような旋律が、ほとんど無言とも言えるような仕方であらわれる。しかしこれもまた真の安らぎを与えはしない。なぜならこの旋律の苦痛のない淡々とした流れは、はじめに展開された第1主題の情熱的な力強さによって繰り返し中断されてしまうからである。やがて金管楽器の強烈な響きが、あたかもこれまで何度も予告されてきた悲劇の到来をその音の力(フォルテシモ)によって最後の瞬間にまで引き延ばそうとするかのように轟きわたるが、それも徒労である。緩やかに、しかも荘重に、旋律の基本線は、過去への最後の一瞥を送りながら、次第にその姿を消していく。だんだん遠ざかり、最後はかすかな息づかいを残すにすぎないかのように、この交響曲は、どことも知れぬ彼方へと沈み込んでいく。
(アルフォンス・ジルバーマン著『グスタフ・マーラー事典』pp229〜230)


紹介しているCD等… 第9番CD紹介               


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