鎌倉は、代々の源氏(清和源氏)ゆかりの地である。
1028年(長元元年)、房総で平忠常の乱が起こると、源頼信がその乱を平定し、それに従った平直方が頼信の子頼義に娘を嫁がせ、鎌倉を寄進している。
その後、頼義は、材木座に京都石清水八幡宮を勧請し(鶴岡若宮(現在の元八幡))、その子義家は元八幡の修繕を行うなど鎌倉と源氏の結びつきを強くした。
源頼朝の父義朝は、鎌倉(現在の壽福寺付近)に館を構えたといわれる。
頼朝は、1180年平家打倒の兵を挙げ、石橋山で敗れはしたものの、房総に渡り体制を整えて鎌倉に入った。
そして、弟である範頼と義経を起用し、京に入っていた木曽義仲を倒し、一ノ谷、屋島の合戦を経て、1185年壇ノ浦に平家を滅ぼした。 |