鎌倉手帳(寺社散策)


鎌倉寺社巡り その9
本 蓮 寺
(藤沢市片瀬)


編集:岡戸事務所
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〜鎌倉を知って鎌倉観光をより楽しく。〜







=御朱印寺《本蓮寺》=
(日蓮宗)

 595年(推古天皇3年)、聖徳太子の師義玄和尚により開かれた真言宗の寺院だったと伝えられている。
 1184年(元暦元年)11月、源頼朝により源立寿寺として再建されたのち、嘉元年間(1303年から1306年)に日秀が日蓮宗の寺とした。
 1271年(文永8年)、日蓮龍ノ口法難を逃れた際、ここで休息をしたという。
 1649年(慶安2年)には徳川家綱から朱印地七石を賜り、「御朱印寺」となった。
 明治19年まで住職がいなかった龍口寺輪番寺の一つ。
参考:鎌倉と日蓮


◎鎌倉殿駒牽(こまつなぎ)の松
 昔、鎌倉殿駒牽の松と呼ばれる松があったといわれている。
 源頼朝は、ここで父義朝の遺骨を送り届けて来た後白河法皇の勅使と対面し、義朝の遺骨を供養したと伝えられている(参考:勝長寿院)。
 境内では「義朝の供養塔」も出土しているという。

源義朝の遺骨が葬られた勝長寿院(okadoのブログ)


1800年(寛政12年)の石橋

山門

上野寛永寺から移された燈籠

◎宗尊親王の歌碑
 鎌倉幕府の六代将軍宗尊親王は将軍職を廃され、1266年(文永3年)7月4日、京に送還された。その途中、この寺で「帰り来て  又  見ん事も固瀬川   濁れる水のすまぬ世ならば」と詠んだといわれている。 

〜西行もどり松〜
 本蓮寺の門の脇には、「西行もどり松」と呼ばれた枝振りの見事な松が植えられていたという。
 文献には、本蓮寺の門外大路の傍に在り、枝葉西方を指す、往昔、西行この地に来たり、都の方を見返り、この枝を取って西方に押まげ向けたり、故にこの名ありという」とある。

奥州を旅した西行と鎌倉(okadoのブログ)



鐘楼の瓦には葵の紋がある。

釈迦多宝塔



江の島参詣道(遊行寺〜片瀬〜江の島)








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