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◎鎌倉殿駒牽(こまつなぎ)の松
昔、鎌倉殿駒牽の松と呼ばれる松があったといわれている。
源頼朝は、ここで父義朝の遺骨を送り届けて来た後白河法皇の勅使と対面し、義朝の遺骨を供養したと伝えられている(参考:勝長寿院)。
境内では「義朝の供養塔」も出土しているという。 |
源義朝の遺骨が葬られた勝長寿院(okadoのブログ)

1800年(寛政12年)の石橋 |

山門 |

上野寛永寺から移された燈籠 |
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◎宗尊親王の歌碑
鎌倉幕府の六代将軍宗尊親王は将軍職を廃され、1266年(文永3年)7月4日、京に送還された。その途中、この寺で「帰り来て
又 見ん事も固瀬川 濁れる水のすまぬ世ならば」と詠んだといわれている。 |
〜西行もどり松〜
本蓮寺の門の脇には、「西行もどり松」と呼ばれた枝振りの見事な松が植えられていたという。
文献には、本蓮寺の門外大路の傍に在り、枝葉西方を指す、往昔、西行この地に来たり、都の方を見返り、この枝を取って西方に押まげ向けたり、故にこの名ありという」とある。 |
奥州を旅した西行と鎌倉(okadoのブログ) |
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