五代執権
北条時頼は、1251年(建長3年)、将軍
藤原頼嗣を廃し、宗尊親王を迎えることに決定した。宗尊親王は、後嵯峨天皇の皇子。これより先は親王が将軍となることから親王将軍と呼ばれる。
1252年(建長4年)、鎌倉に到着し、六代将軍に任命された。室町時代に関東管領上杉氏の祖となる上杉重房が、親王の下向に従ってきている(
上杉重房と関東管領上杉氏(okadoのブログ))。
宗尊親王は、
藤原仲能に命じて、現在の
海蔵寺の前身となる寺を建立している。
しかし、1266年(文永3年)、正室近衛宰子と僧良基の密通事件によって謀叛の疑いをかけられ、鎌倉を追放となった。
七代将軍には宗尊の子惟康がなった。