鎌倉手帳(寺社散策)

運慶の仏像
〜横須賀芦名:浄楽寺〜


岡戸事務所
編集:岡戸秀仁







木造阿弥陀如来像
木造阿弥陀三尊像


 横須賀芦名の浄楽寺の本尊「阿弥陀三尊像」(木造阿弥陀如来及両脇侍像:国重文)。

 寄木造り、彫眼、金泥塗り。

 内刳部に毘沙門天像の胎内銘札と同筆で陀羅尼呪文が書かれており、仏師運慶が、小仏師10人を引き連れて和田義盛のために造立したと考えられている。

 頬が強く張った相貌、堂々たる体躯、流動する衣文にその特徴が現れ、運慶が30代の頃の作品。



木造不動明王像・毘沙門天像
木造不動明王・毘沙門天立像


 「木造不動明王・毘沙門天立像」(国重文)。

 寄木造り、玉眼、古色塗り。

 水晶をはめ込んだ玉眼としては神奈川県最古。

 毘沙門天像胎内の銘札には、「大願主平義盛芳縁小野氏」、「大仏師興福寺内相応院勾当運慶小仏師十人」 とあり、1189年(文治5年)3月20日、運慶が義盛とその妻のために造立したことが判明した。

 「平義盛」とは、桓武平氏の流れをくむ「和田義盛」のこと。

 「芳縁小野氏」とは、義盛の妻のこと(義盛の妻は小野氏の出身。)。







〜成朝作と考えられていた
阿弥陀三尊〜


 浄楽寺の正式名称は、「金剛山勝長寿院大御堂浄楽寺」という。

 勝長寿院とは、源頼朝が父義朝の菩提を弔うために建てた寺。

 かつて、1206年(建永元年)の大風によって勝長寿院が壊れたため、本尊を浄楽寺に移したという言い伝えがあった。

 そのため、「阿弥陀三尊」は、勝長寿院に安置されていた成朝造立のものが移されたと考えられていたが、毘沙門天像胎内から発見された銘札により、運慶作と判明している。


浄楽寺の額
「勝長寿院」の額



〜北条時政も運慶に・・・〜

 和田義盛運慶に造仏を依頼した理由に、伊豆に願成就院を建立した北条時政への対抗心があったともいわれている。

 願成就院の毘沙門天・不動明王・矜羯羅童子(こんがらどうじ)・制咤迦童子(せいたかどうじ)の諸像も運慶の真作と判明しており、本尊阿弥陀如来像も運慶の作と考えられている。


運慶
運慶作の仏像
(願成就院)


運慶〜鎌倉の武家政権と奈良仏師〜(okadoのブログ)





浄楽寺
浄楽寺

 浄楽寺の運慶作の仏像は、本堂裏手の収蔵庫に安置。

運慶の諸仏公開
3月3日と10月19日

横須賀市芦名2433

「JR逗子駅」下車
長井方面行きバス「浄楽寺」下車すぐ


2018春:運慶の諸仏を5日間開帳〜横須賀:浄楽寺〜(okadoのブログ)



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