鎌倉手帳(寺社散策)


小坪路(小坪切通)
〜鎌倉の古道〜



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〜鎌倉を知って鎌倉観光をより楽しく。〜







 小坪(現逗子市)は、もとの鎌倉郡。小坪合戦の舞台となった場所でもあり、源頼朝が愛妾亀の前を住まわせていた場所でもある。
 小坪切通は二筋あって、その一つは正覚寺から海前寺までの海沿いを通っていた道で現在は廃道となっている。
 もう一つが光明寺の裏山から小坪坂を経て小坪六丁目に達する道。光明寺の石造地蔵菩薩坐像(網引延命地蔵)は鎌倉側の入口にあった。小坪側の入口の地蔵堂には、石造子育地蔵菩薩立像が安置されている(参考:小坪路のお地蔵さま〜光明寺:石造延命地蔵〜)。
 小坪路は、日本武尊が東夷征討の際に通った古東海道筋と考えられている(参考:名越切通)。


光明寺裏山からの眺め



〜小坪(坂)合戦〜
 小坪坂では、1180年(治承4年)8月24日、石橋山の戦いに間に合うことが出来なかった三浦軍と当時平家方だった畠山軍が激戦を交えた(参考:小坪・衣笠合戦)。

〜源頼朝の愛妾亀の前〜
 源頼朝の愛妾亀の前は、伊豆に配流のときから仕えていた娘で、頼朝は、鎌倉にも呼び寄せ、小坪の小中太光家宅に住まわせ寵愛していたという。その後、飯島の伏見広綱宅に移し寵愛を続けたが、このことを知った北条政子は、牧宗親に命じて広綱の屋敷を破壊させたといわれている。

伏見広綱の屋敷を破壊・・・頼朝と政子の夫婦喧嘩(okadoのブログ)


〜源頼家の小坪遊覧〜
 1200年(正治2年)9月2日、二代将軍源頼家が小坪の海上で酒宴を催した際、朝比奈三郎義秀が三匹の鮫を捕まえたという伝説が残されている(参考:伝説!朝比奈三郎義秀)。

◎石造地蔵菩薩立像(子育地蔵)
 小坪の地蔵堂に安置されている石造地蔵菩薩立像。真鶴の石工によって作られたものとも、漁師の網にかかって引き上げられた像ともいわれている。


飯島岬

参考
披露山〜かながわの景勝50選〜




小坪漁港  披露山




大正5年に開通した小坪隧道(天照洞)

小町大路の散策(大町四ツ角〜材木座)
小坪路その1(光明寺裏山から小坪への道)
小坪路その2(海沿いの道)

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