鎌倉手帳(寺社散策)

源頼朝をめぐる大阪 源義朝最期の地



東大寺再建の勧進状

岡戸事務所
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 1180年(治承4年)、平重衡の南都焼討によって灰燼に帰した東大寺

 翌年、再建のための大勧進職に任命された重源は、「勧進状」を作成し大仏の修理と大仏殿の再建を開始した。


重源上人坐像
重源上人坐像


 重源の勧進状には、「尺布寸鉄と雖も一木半銭と雖も、必ず勧進の詞に答え、各奉加の志を抽んでよ」と記されていたという。

 重源が、わずかな布や鉄であっても集めようとしていたことがわかる。

 これは、大仏造立の発願者である聖武天皇の「一枝の草、一把の土をもちより、心をひとつにして・・・」という願いを受け継いだものだった。


元久二年重源上人勧進状

元久二年重源上人勧進状
「元久二年重源上人勧進状」
(国重文)


 この勧進状は、1203年(元久元年)に造立が着手された東塔(六角七重宝塔)の完成を見越して草した勧進状。

 大仏殿と東塔宝前で「法華経の千部転読」を催すため十方の童男に対する勧進だった。
 しかし、重源は東塔の完成を見ず1206年(建永元年)に亡くなっている。

 その後は二代目の大勧進となった栄西が引き継ぐが、完成したのは、1227年(安貞元年)、三代目の大勧進行勇のときだった。

 その東塔も1362年(康安2年)に焼失し、以後再建されていない。


南都焼討と東大寺の再興〜重源と源頼朝〜









東大寺
東大寺
(世界文化遺産)

 東大寺は、聖武天皇が建立した寺。全国に設置された国分寺の総本山として信仰された。
 本尊は奈良の大仏として知られる「銅造盧舎那仏坐像」


奈良県奈良市雑司町406−1

JR大和路線・近鉄奈良線「奈良駅」から市内循環バス「大仏殿春日大社前」下車徒歩5分
近鉄奈良駅から徒歩約20分


東大寺は世界文化遺産
(古都奈良の文化財)


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