当座の住まいとして山ノ内の首藤兼道の邸が移され、12月には新造の御所が完成した。
移築された首藤邸は、安倍晴明の占いによって建てられて以来、一度も火災に遭ったことがないということで選ばれたのだという。
この年、御所には「侍所」が設置され、和田義盛が別当に就任。1184年(元暦元年)には、「公文所」と「問注所」を設置し、公文所別当には大江広元が、問注所執事には三善康信がそれぞれ就任している。1191年(建久2年)、公文所は「政所」に改められた。
のちに宇津宮辻子に移るまでの45年間、武家政治の中心となる。 |