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白旗神社
〜鶴岡八幡宮〜

岡戸事務所
編集:岡戸事務所







白旗神社


 白旗神社は、1200年(正治2年)、朝廷から「白旗大明神」の神号を賜り、北条政子によって創建されたと伝えられている(祭神:源頼朝。一説には源頼家の創建とも。)。

 黒漆塗極彩色の社で「武衛殿」と呼ばれた。

 現在掲げられている「武衛殿」の扁額は、幕末の島津藩の実質上の最高権力者島津久光の筆と伝えられている(今上天皇は、久光の玄孫にあたる。)。

 例祭は、5月28日


 源頼朝を祀る白旗神社は、もとは上宮の西側にあったが、1885年(明治18年)、源実朝を祀る柳営社と合祀され現在地に遷された(※神仏分離前までは、薬師堂があった。)。

 したがって、現在の祭神は、源頼朝源実朝

 ※柳営社は丸山稲荷社の社殿として移築されている。



〜白旗神社の石鳥居〜

白旗神社鳥居
石鳥居
鳥居の笠木
石鳥居の笠木

 源氏池の畔に置かれた「さざれ石」の背後に置かれているのは、白旗神社の石鳥居の笠木。

 さらに、大きな笠木も置かれているが、「大きさ」からして、関東大震災で崩壊した二の鳥居三の鳥居のものと考えられる。



〜神仏混淆の名残・・・〜

 白旗神社の手水舎の水盤には、蓮弁の彫刻がある。

 明治の神仏分離によって、鶴岡八幡宮内にある仏教関連施設は全て廃されたが、白旗神社の「手水舎」には、神仏混淆の「鶴岡八幡宮寺」であった頃の名残を見ることができる。

手水
手水舎の水盤

神仏分離と鶴岡八幡宮(okadoのブログ)



歌碑
菅裸馬句碑

 白旗神社前にある句碑。

 「歌あ波れその人阿は連実朝忌」







〜源頼朝像と豊臣秀吉〜

 白旗神社には、源頼朝坐像が安置されていたといわれ、1590年(天正18年)7月、小田原城を落とした豊臣秀吉が奥州へ向かう途中で鶴岡八幡宮を詣でて、頼朝像を撫でながら天下を語ったという逸話が残されている。

 現在、東京国立博物館に収蔵されている頼朝像が、この像であるといわれている。

源頼朝
伝源頼朝坐像

 秀吉は、頼朝像を見ると近くに寄っていき、「微小な身の育ちでありながら天下をとったのは、御身と吾だけである。しかし、御身の先祖は関東で威をはり、挙兵すれば多くの兵が従い天下をとるのも容易であったろうが、吾は名もない卑属から天下をとったのだから、吾の方が出世頭である」といったそうである。

 そして、「御身と吾は天下友達である」といって像の背中を叩いたという逸話が残されている。



白旗神社例祭
例祭
(5月28日)

鶴岡八幡宮:実朝祭
実朝祭
(ぼんぼり祭)
文墨祭:白旗神社
文墨祭
(10月28日)


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白旗神社例祭〜源頼朝の命日〜(西御門)

鶴岡八幡宮白旗神社

征夷大将軍と源頼朝

源頼朝が征夷大将軍に任ぜられる!

頼朝に天下を語った豊臣秀吉



西御門白旗神社
西御門の白旗神社

 白旗神社の名は、源氏の白旗にちなむもので、全国に70社ほどあるといわれている。

 明治の神仏分離によって創建された西御門法華堂跡白旗神社の祭神は源頼朝

 全国的にも源頼朝を祭神とする社が多い中で、藤沢市の白旗神社は、源頼朝の弟源義経を祀っている。

 また、三浦市初声の白旗神社は、源頼朝に仕えた御家人和田義盛を祀っている。

藤沢白旗神社
藤沢の白旗神社
和田の里白旗神社
三浦の白旗神社









鶴岡八幡宮
鶴岡八幡宮

 鶴岡八幡宮は、1063年(康平6年)に源頼義が京都の石清水八幡宮を勧請して創建した鶴岡若宮を前身とし、1180年(治承4年)に源頼朝が現在地に遷した。

 以後、武家の都「鎌倉」の中心に置かれ、長く武家の崇敬を集めた。 


鎌倉市雪ノ下2−1−31

0467(22)0315

鎌倉駅東口より徒歩10分



鶴岡八幡宮周辺・西御門・二階堂
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