鎌倉手帳(寺社散策)


鎌倉寺社巡り その2
大慈寺跡


編集:岡戸事務所
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大慈寺跡碑
 明王院の東側には、1212年(建暦2年)、三代将軍源実朝が父源頼朝への感謝のために創建を開始した大慈寺があって、勝長寿院の「大御堂」に対して「新御堂」とも呼ばれていた。
 1214年(建保2年)7月27日には、栄西が呼ばれ、北条政子も参列し大法要が催された。栄西は、実朝政子が帰依した高僧で、我が国臨済宗の開祖。1214年(建保2年)2月4日、二日酔いの実朝に茶を勧め、『喫茶養生記』を献上している。
 1216年(建保4年)、実朝は、宋の能仁寺から仏舎利を請来し、勝長寿院に安置した後、大慈寺に納められた(1285年(弘安8年)、この仏舎利(釈迦の歯)は、北条貞時によって円覚寺に移され、現在は、正続院舎利殿に納められている。)。




 大慈寺は、七堂伽藍を有する壮大な寺院であった。明王院の東側一帯が全て大慈寺の境内だったと考えられている。
 1257年(正嘉元年)には、大修繕が行われ、本堂、丈六堂、新阿弥陀堂、三重塔、鐘楼等が修理され、そのときの供養の様子が『吾妻鏡』に記されている。
 江戸時代まで丈六堂が存在していたが廃絶となり、堂に安置されていた阿弥陀仏の頭が光触寺に伝えられている。
 金沢街道沿いの墓塔群を丈六堂の跡地と考える説もあるが定かではない(横浜市金沢区の龍華寺が管理する墓地)。


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