鎌倉手帳(寺社散策)
鎌倉寺社巡り その2
浄 妙 寺
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岡戸事務所
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=鎌足の鎌槍伝説《浄妙寺》=
(臨済宗建長寺派)
1188年(文治4年)、
源頼朝
の重臣
足利義兼
が父の菩提を弔うために創建。
鎌倉五山
第5位の寺。開山の退耕行勇は、
源頼朝
や
北条政子
も帰依した高僧。
当初は極楽寺と称する密教系(真言宗)の寺であったが、のちに月峯了然によって
臨済宗
に改められ、
足利貞氏
(
尊氏
の父)を葬ってから、貞氏の法名「浄妙寺殿貞山道観」にちなんで浄妙寺と呼ぶようになった。貞氏の時代が浄妙寺の一番栄えていた時期と考えられる。
室町時代に入ると
鎌倉公方屋敷
が隣接してあったことから、多くの戦火に見舞われた。特に
永享の乱
以降の浄妙寺については不明な事が多い。
喜泉庵では、枯山水庭園を見ながら抹茶を楽しむことができる。また、裏山の洋館を使った石窯ガーデンテラスでは、焼きたてのパンがいただける。
鎌倉観音巡礼
第9番札所(聖観世音)
鎌倉十三仏
第2番札所(釈迦如来)
開山
退耕行勇
開基
足利義兼
本尊
釈迦如来
◎開山「退耕行勇」
浄妙寺開山の退耕行勇は、
真言宗
を学び
鶴岡八幡宮
寺の供僧となった。のちに栄西について
臨済宗
を修め、
壽福寺
二世になっている。
勝長寿院
や
大慈寺
の別当も務め、廃寺となった
東勝寺
の開山にもなったとも伝えられている。開山堂に退耕行勇坐像(国重文)が安置されている。
※木造阿弥陀如来立像は、
鎌倉国宝館
に寄託。
◎足利貞氏の墓
1392年(明徳3年)の銘の宝篋印塔。中央部に宝生如来の浮彫りがある。
『新編相模国風土記稿』には、「元弘元年(1331年)九月五日讃岐守貞氏卒しければ荼毘して当寺に塔を建つ」との記載があって、古くより、中興開基で、
足利尊氏
の父である
貞氏
の墓とされてきた。
足利貞氏の宝篋印塔(okadoのブログ)
◎熊野神社
浄明寺の鎮守。社の東側には
足利直義
の屋敷があったといわれ、のちに、直義の菩提所
大休寺
が建てられたと伝えられている。直義の法名は「大休寺殿」。
◎足利直義の最期
足利直義
は、兄
尊氏
と対立し浄妙寺の境内にあった
延福寺
(同じく境内にあった
大休寺
ともいわれる。)に幽閉され最期を遂げた。兄
尊氏
によって毒殺されたとする説もある(参考:
観応の擾乱
)。
足利尊氏・直義兄弟と鎌倉(okadoのブログ)
≪鎌足伝説≫
◎鎌足稲荷神社
鎌倉の地名の由来ともされる藤原鎌足の「鎌槍伝説」がある。
本堂裏の開山堂には、藤原鎌足像が安置されている。
☆伝説!鎌倉の地名の由来☆
大化の改新で活躍した藤原鎌足が、鹿島神宮に参詣する際、鎌倉(由比里)に立ち寄った。夢に現れた老人から「鎌槍をこの地に埋めれば、天下はよく治まる」といわれ、白狐に案内されるまま浄妙寺の裏山に鎌槍を埋めたという。この「鎌槍」から「鎌倉」という地名が生まれたという説がある。
※鎌足伝説は
鶴岡八幡宮
背後の
大臣山
にもある。
大臣山〜鶴岡八幡宮の裏山〜(okadoのブログ)
鎌倉の地名と鎌足の伝説(okadoのブログ)
鎌足稲荷神社
◎
鎌足桜
平成20年2月19日、藤原鎌足の伝承が残る
「鎌足桜」
が浄妙寺に寄贈された。鎌足が木更津市の高蔵寺(高倉観音)を参拝した際に持っていた桜の木の杖を地面にさしたところ、それが根づいて桜の木となったという伝説がある。
伝説の鎌足桜〜浄妙寺〜(okadoのブログ)
〜鎌倉を知って鎌倉観光をより楽しく。〜
参考
報国寺
(
足利家時
の墓)
長壽寺
(
足利尊氏
の墓)
瑞泉寺
(鎌倉公方菩提寺)
別願寺
(
足利持氏
供養塔)
◎三宝荒神(本寂堂)
浄妙寺鎮護の神。
かつては、足利義兼が発願し、
北条政子
が造らせたという荒神像、不動像が安置する本寂堂があった。
三宝荒神像は、本堂裏の開山堂に安置。
◎喜泉庵
天正年間(1500年代)に僧が一同に会して茶を喫したという喜泉庵が平成3年に復興された。
枯山水庭園を眺めながら抹茶を喫することができる。
茶道と禅道(茶禅一致)〜建長寺の茶筅供養〜(okadoのブログ)
◎
石窯ガーデンテラス
浄妙寺境内にある洋食レストラン。
洋館を利用したもので、オープンテラスも用意されている。
★
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喜泉庵庭園
総門
ロウバイ
参道の桜
裏山散策コースの景色
鎌倉の臨済宗の寺
禅〜自身で開く悟り:鎌倉新仏教〜
鎌倉:梅の名所
鎌倉の梅2010
六浦道(路)その1
浄妙寺の梅
浄妙寺のマンサク
浄妙寺のシロフジ
浄妙寺:鎌倉市浄明寺3−8−31 0467(22)2818
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