鎌倉手帳(寺社散策)


鎌倉寺社巡り その3
下 馬
〜鎌倉の遺跡〜


編集:岡戸事務所
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〜鎌倉を知って鎌倉観光をより楽しく。〜







 鎌倉時代、現在の下馬四ツ角から鶴岡八幡宮までは、馬の乗り入れが許されず、参拝するときはここで馬を下りた。

 また、若宮大路を横切るときもここで馬を下りて礼拝したことから「下馬」と呼ばれるようになった。現在も地名として残されている。

 下馬四ツ角から由比ヶ浜方面へと向かうと鎌倉十橋の一つ「琵琶橋」が架けられている。

◎下馬橋
 かつては、佐助川に架かる橋があって「下の下馬橋」と呼ばれていた。現在、下馬四ツ角付近にその橋が復元されている。
 下馬橋は3つあって、源平池にかかる橋を「上の下馬橋」、二の鳥居付近の扇川に架けられていた橋を「中の下馬橋」、そして下馬四ツ角の橋が「下の下馬橋」と呼ばれていた。

◎大町停留所跡
 江ノ電は、明治35年に藤沢〜片瀬間が開通。明治37年には極楽寺まで距離を延ばし、明治40年に大町までが開通した。
 極楽寺のトンネル工事に時間がかかったが、明治43年に小町までの全線が開通している。当時は39ほどの停留所があったが、現在は15の駅となっている。下馬四ツ角からすぐの江ノ電踏切付近には、「大町停留所跡」が残されている(参考:江ノ電で鎌倉巡り)。


〜日蓮と下馬〜
 1271年(文永8年)9月12日、龍ノ口刑場へと護送される日蓮が、下馬橋で鶴岡八幡宮に向かい、「法門のために霊験を現わしたまえ」と大音声で請願したといわれている(参考:鎌倉と日蓮)。


〜英国人殺傷事件(鎌倉事件)〜
 1864年(元治元年)11月20日、下馬で江ノ島・鎌倉見物にきていた英国人軍人ボールドウィン少佐とバード中尉の二人が殺傷されるという事件が起きた(鎌倉事件)。

 事件を起こしたのは、攘夷浪士の間宮一と清水清次。

 二人は逃げる途中、諏訪邸の諏訪の池で刀の血を洗い流したという(参考:諏訪神社 旧御用邸門)。二人はすぐに逮捕され処刑されている。 






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