鎌倉手帳(寺社散策)


鎌倉寺社巡り その3
宝 戒 寺


編集:岡戸事務所
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〜鎌倉を知って鎌倉観光をより楽しく。〜







=萩の寺《宝戒寺》=
(天台宗)


 廃寺となった東勝寺をこの場所に移したともいわれるが詳しいことは不明。
 宝戒寺の建つ地は、代々の執権館があった場所で、北条義時以来の執権が住まいしたものと考えられている。
 後醍醐天皇が足利尊氏に命じ、北条一族の霊を弔うために宝戒寺を建立させ、勅命により円観慧鎮を開山とした(1335年(建武2年)創建)。
 秋には、200株ともいわれる「シロハギ」が見事で、「萩の寺」と呼ばれている。

鎌倉観音巡礼第2番札所((准胝観世音)
鎌倉・江の島七福神(毘沙門天)
鎌倉地蔵巡礼第1番札所(子育経読地蔵)
開山 円観慧鎮
開基 後醍醐天皇
本尊 子育経読地蔵大菩薩
(唐仏地蔵)

参考:北条執権館



◎戒壇院
 国宝的人材を育成、修行させるための円頓大戒(金剛宝戒)と天台密教の道場としての「戒壇院」が置かれた。

地蔵まつり
 7月23日、24日には、舞踊などを奉納し、本尊の地蔵菩薩の法要が行なわれる(参考:地蔵まつり)。

鎌倉宝戒寺の地蔵盆〜地蔵まつり〜(okadoのブログ)

◎聖徳太子(太子堂)
 職人の守護神である聖徳太子像(2才尊像)が祀られている。
 毎年、1月22日には、市内の建築関係者、植木屋、石屋などが集まり、護摩を炊いて読経し、木遣唄などを奉納する「聖徳太子講」が行なわれる。

 職人の神さま聖徳太子(okadoのブログ)

◎徳祟大権現堂
 十四代執権北条高時の木像が祀られている。毎年、5月22日の徳祟権現会では、高時像を本堂に迎え、「大般若経転読会」が行われる。
 5月22日は、新田義貞の鎌倉攻めによって北条一族が東勝寺で自刃をし、鎌倉幕府が滅亡した日。
 「徳崇大権現」とは、後醍醐天皇によって高時に贈られた名。

宝戒寺の宝篋印塔〜北条氏の供養〜(okadoのブログ)

◎歓喜天像(聖天堂)
 聖天堂に祀られている秘仏。鎌倉地方独特の土紋装飾が施された日本最古の木造聖天。
 二代住持の惟賢(足利尊氏の二男)が歓喜天像を安置し国家安泰を祈願した。
 聖天堂には、歓喜天像の他、仏涅槃図、十一面観世音菩薩、十王厨子地蔵菩薩(尊氏公念持仏)や阿弥陀如来(鎌倉六阿弥陀の一つ)などが祀られている。
 参考:土紋装飾の仏像


◎梅
 宝戒寺は萩のみでなく梅も知られている。

参考:鎌倉:梅の名所 鎌倉の梅2010

(okadoのブログ)
宝戒寺の梅  宝戒寺の枝垂れ梅
鎌倉:宝戒寺の梅2012/03/11



☆伝説!子育経読地蔵の名の由来☆
 本尊の子育経読地蔵尊は、「宝戒寺門前で子供が生まれそうになったとき、子どもをとりあげる世話をしてくれた見知らぬお坊さんが地蔵の化身だった」とか、「毎晩夜中に聞こえる読経がお地蔵さまではないか」という伝説からこの名が付いたらしい。

 本尊の子育経読地蔵尊は「唐仏地蔵」とも呼ばれ、京仏師三条法印憲円作で国の重要文化財。脇侍の木造梵天像、木造帝釈天像は県の重要文化財に指定されている。



≪主な行事≫
1月22日:太子講 5月22日:徳祟権現会 7月23〜24:地蔵まつり

鎌倉の天台宗の寺   鎌倉のハギ(萩)  鎌倉の梅



鎌倉・江の島七福神

横大路  小町大路の散策(筋違橋〜大町四ツ角)

宝戒寺の梅  宝戒寺の枝垂れ梅
宝戒寺の福寿草  宝戒寺のヒガンバナ
宝戒寺のハギ  ハギの寺・・・鎌倉宝戒寺2011/09/18
鎌倉:宝戒寺のツバキと福寿草2012/03/11
鎌倉:宝戒寺の梅2012/03/11



近くには・・・。

鎌倉十橋「筋違橋
 宝戒寺の近くには、鎌倉十橋の一つ「筋違橋」があった。名の由来は、「く」の字に架かっていたためといわれる。第五代執権北条時頼と有力御家人三浦泰村との宝治合戦の戦端がひらかれた地点。
詳しくは筋違橋のページへ

土佐坊昌俊館跡
 土佐坊昌俊は、源頼朝の命により、京の堀川の館にいる源義経に夜襲をかけたが、逆に殺された。昌俊は、もしものときは、年老いた母や幼い子供たちに情けを掛けてやって欲しい旨を頼朝に申し上げていたという。
詳しくは土佐坊昌俊館跡のページへ

若宮大路幕府跡
 若宮大路幕府は、1236年に宇津都辻子幕府から移されたという。鎌倉時代の政治の中心となった。一説には、宇津宮辻子幕府を増改築したのが若宮大路幕府で、実際は同じであったともいわれている。
詳しくは若宮大路幕府跡のページへ





宝戒寺:鎌倉市小町3−5−22  0467(22)5512

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