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◎平重衡
南都焼討を行った武将(平清盛の五男)。
一ノ谷の合戦で平家軍は大敗し、重衡は捕えられ、梶原景時が護送して鎌倉に送られてきた。重衡の態度に感心した源頼朝は、客として厚遇し、侍女の千手前(北条政子の侍女)を差し出している。
酒宴の席を設けさせ、工藤祐経が鼓をうち、千手前が琵琶を弾き、重衡は横笛を吹いて楽しませたという。その酒宴には頼朝は参加していないが、後から、楽しかったことを聞いた頼朝は、大いに残念がったという話も伝わっている。
しかし、平家が壇ノ浦に滅亡すると、南都の強い要求により、東大寺の使者に引き渡され、木津川で処刑された。
千手の前は、重衡の処刑から3年後に24歳で死去したといわれている(『吾妻鏡』)。
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