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◎蛇苦止ノ井(蛇形井)
若狭局が身を投げた井戸は、「蛇苦止ノ井」あるいは「蛇形井」と呼ばれている。
この井戸は、大町にある六方井(六法井)とつながっているともいわれ、若狭局が蛇身となり、井戸の中で家宝を守っていると伝えられている。 |
〜日蓮の曼荼羅〜
1422年(応永29年)、京都扶持衆の佐竹与義(上総介入道常元)は、鎌倉公方足利持氏の討伐によって、妙本寺の法華堂に籠もって自刃した(参考:大寶寺 新釈迦堂跡)。
その際、火がかけられたため、住職の日行は、日蓮の描いた曼荼羅を持ち出し、蛇苦止堂の井戸に隠そうとしたところ、蛇が現れ、空には雲が起こって大雨を降らせ、火を消したと伝えられている。 |
〜若狭局と讃岐局〜
(蛇苦止堂は、誰を祀るお堂か・・・???)

讃岐局の供養塔 |
妙本寺の比企一族の供養塔の背後、市の天然記念物に指定されているイチョウの古木の下に、「讃岐局蛇苦止霊之墓」と彫られた石塔がある。
『吾妻鏡』では、北条政村の娘に祟ったのは、「比企判官能員女讃岐局・・・」と記載されているが、この「讃岐局」というのは「若狭局」のことなのであろうか。それとも、能員には、別に讃岐局という娘がいたのであろうか・・・?。 |
若狭局と讃岐局については、
@同一人物であり、若狭局はのちに讃岐局と呼ばれた。
A一幡の母が若狭局、政村の娘に祟ったのが讃岐局。
という見解があるようだ。
また、若狭局については、
@一幡とともに比企の乱で焼け死んだとする『吾妻鏡』の説と、
A一幡とともに逃げ延び、2ヶ月あまり経った後、北条義時の郎党に捕らえられ、刺し殺されたとする『愚管抄』の説がある。 |

天然記念物のイチョウと讃岐局の墓
蛇苦止明神とは・・・〜妙本寺の鎮守〜(okadoのブログ) |
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