鎌倉手帳(寺社散策)
鎌倉寺社巡り その3
筋 違 橋
〜鎌倉十橋〜
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岡戸事務所
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鎌倉十橋「筋違橋」
宝戒寺
の近くには、
鎌倉十橋
の一つ「筋違橋」があった。名の由来は、「く」の字に架かっていたためといわれる。
石碑には「筋替橋」と記されている。
1247年(宝治元年)、第五代執権
北条時頼
と外祖父の
安達景盛
がこの橋から有力御家人
三浦泰村
を攻めた(
宝治合戦
)。この戦いにより
源頼朝
以来幕府に仕えた三浦氏が滅んだ。
1265年(文永2年)には、鎌倉の商人が営業できる地域を大町・小町・魚町・大倉辻など9カ所とすることが定められ、その中に「須地賀江(すじかえ)橋」が入っている。
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