鎌倉手帳(寺社散策)


鎌倉寺社巡り その3
八雲神社(大町)


編集:岡戸事務所
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=鎌倉最古の厄除け神社《八雲神社》=

 「八雲さん」とか「お天王さん」の愛称で親しまれている大町の鎮守。
 新羅三郎義光が兄の八幡太郎義家の助勢(後三年の役)のため、奥州に赴く途中に鎌倉に立ち寄った際、疫病が流行っていたため、京都の祇園社の祭神を勧請したのが八雲神社の始まりと伝えられている。
 室町時代には、佐竹屋敷の祠が合祀され、「佐竹天王」とも称され、江戸時代には将軍より朱印も賜り、「祇園さま」として尊崇された。
 明治維新を迎え、鎌倉祇園社という名称から八雲神社へ改称された。
 七月の神幸祭は、神輿渡御が有名で、幼児を抱いての「みこしくぐり」は、子の無事な成長を祈願する。  (参考:大寶寺

祭神
須佐之男命 稲田比売命
八王子命 佐竹氏の御霊




新羅三郎義光と佐竹氏
佐竹征伐
奥州平泉の発展と藤原清衡

義光手玉石 宝蔵庫 諏訪社・稲荷社・於岩稲荷社 御嶽三峰神社

◎大町まつり
 毎年7月の八雲神社の例祭は、地元住民からは「大町まつり」として親しまれている。
 4基の神輿渡御で知られ、天王唄を歌いながら町内を巡行する。夜には神輿に提灯を取り付けられ、「神輿ぶり」の伝統が披露される。


〜松童社〜
 『吾妻鏡』の1228年(安貞2年)7月16日の条に、「松童社のかたわらから火事が起こり・・・竹御所は延焼を免れた。」とする記述がある。この松童社というのは、記事の内容から地理的な関係を推測すると、八雲神社のことであるとする説がある。
 竹御所は四代将軍藤原(九条)頼経の妻で、妙本寺祖師堂左奥の墓地に御所があった(竹御所の死後は、新釈迦堂が建てられている。)。




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祇園山ハイキングコース
 八雲神社裏手にある御嶽三峰神社横から裏山を上がれば、東勝寺跡までのハイキングコースとなっている。途中、妙本寺へも下りることができる。

宝戒寺 東勝寺橋 東勝寺跡 腹切やぐら ハイキングコース 八雲神社
↑↓
妙本寺


近くに→→→鎌倉十橋「逆川橋」
 神社から大町大路に出て、反対側の民家の並ぶ細い道を入ったところに鎌倉十橋の一つ「逆川橋」がある。下を流れる逆川が海とは反対方向に流れていることからこの名がついた。


大町大路の散策  小町大路の散策(筋違橋〜大町四ツ角)





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