鎌倉手帳(寺社散策)
陳 和 卿
宋の仏師・・・頼朝と実朝との関係は・・・
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東大寺を再建した陳和卿(ちんなけい)
鎌倉の伝統工芸である
「鎌倉彫」
は、陳和卿が中国の宋より持ってきた彫漆工芸を真似て、仏師康運(
運慶
の子)が仏具を作ったのが始まりとされている(参考:
鎌倉彫再興碑
)。
=陳和卿と源頼朝=
陳和卿は、宋の仏師であり、平重衡ら平家によって焼かれた奈良・東大寺の再建に尽力した人物。
鎌倉幕府も東大寺再建に多いに協力した。
源頼朝
は妻
政子
、娘大姫を連れて上洛し、東大寺の落慶法要に参列している。
娘大姫を連れていったのは、入内の話をまとめるためである。
この時、
頼朝
は、陳和卿に会うことを望んだが、陳和卿は「多くの人の血を流した頼朝」に会うこと拒否した。
平和を祈る心がそうさせたとの見方もできるが、実際はどのような考えであったのだろう。
=陳和卿と源実朝=
鎌倉幕府の歴史書「吾妻鏡」に、陳和卿が突如現れ三代将軍
源実朝
への面会を求めたことが書かれている。
陳和卿は
実朝
に「将軍はその昔、宋の医王山の長老であり、私はその弟子でありました。」という話をしたらしい。
実朝
は、渡宋の意志を固め、陳和卿に造船を命じたという。
しかし、造られた船は海に浮かぶことができず、
実朝
の夢は断たれた。
陳和卿が何故鎌倉に来たのか、
実朝
が何故宋に行きたがったのかは不明。
参考:
船玉神社(源実朝の渡宋計画)
東大寺の復興と源頼朝(okadoのブログ)
源実朝の渡宋計画(okadoのブログ)
宋に憧れた源実朝(okadoのブログ)
国の伝統的工芸品・・・鎌倉彫(okadoのブログ)
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