鎌倉手帳(寺社散策)
鎌倉寺社巡り その5
補陀洛寺
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岡戸事務所
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=竜巻寺《補陀洛寺》=
(真言宗大覚寺派)
1181年(養和元年)、
源頼朝
の祈願所として建立された。たびたび竜巻に襲われたため、別名「竜巻寺」と呼ばれている。
平家滅亡の折、総大将平宗盛が持っていたとされる「赤旗」が保管されている。
開山の
文覚
は、
江ノ島
に弁財天を勧請し奥州藤原氏の調伏祈願を行い、
勝長寿院
建立の際には、
頼朝
の父
義朝
の髑髏を持ってきたという。
鎌倉観音巡礼
第17番札所(十一面観世音)
開山
文覚(伝)
開基
源頼朝(伝)
本尊
十一面観音菩薩
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◎補陀洛(ふだらく)とは?
サンスクリット語の音を漢字に当てはめたもので、「観音菩薩が住む山」という意味。
源頼朝祈願所の石碑
補陀洛寺は、薬師如来が本尊だった時代もあったというが、文和年間、
鶴岡八幡宮
の供僧頼基が十一面観音を本尊として再興したと伝わっている。
仏像では、本尊十一面間の観音像のほか、頼朝像(自作)、文覚上人裸形像(自作)、行基作と伝わる薬師如来像、
運慶
作と伝わる日光・月光菩薩像、弘法大師作と伝わる地蔵菩薩像、平安時代作の不動明王像がある。
東慶寺
の鐘楼には、補陀洛寺から移されたといわれる梵鐘が吊されている。
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☆伝説!文覚上人☆
補陀洛寺開山の
文覚
上人は、もとは遠藤盛遠という武士であった。
渡辺(源)渡の妻袈裟御前に懸想し、誤って殺してしまったことから、罪を償うために出家し、熊野山中で修行を積んだといわれる。
のちに、後白河法皇に神護寺再興の勧進を断られ、そのことに対する悪口を言ったため、後白河法皇の怒りをかい伊豆に流された。その時に
源頼朝
と出会っているようで、
頼朝
の挙兵を促したとされている。
文覚上人屋敷跡
(田楽辻子のみち)
毘沙門堂
(伊豆韮山)
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鎌倉の真言宗の寺
補陀洛寺:鎌倉市材木座6−7−31 0467(22)8559
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