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源頼朝が伊豆蛭ヶ小島に流されていた頃から近侍していた安達盛長は、「甘縄」に住んだといわれている。
「甘縄」という地名は、甘縄神明神社によるものと考えられるが、鎌倉権五郎景政が由比ヶ浜に新邸を建て「甘縄」としたという説もある。
現在では甘縄神明神社周辺を「甘縄」と呼んでいるが、鎌倉時代の「甘縄」の範囲はかなり大きかったものと考えられる。
そのため、安達亭がどのあたりにあったのかという定かなことは不明であるが、古くから甘縄神明神社の東南あたりがそうではないかと伝えられてきた。
安達亭には、源頼朝をはじめ、三代将軍源実朝、四代将軍藤原)頼経、五代将軍藤原頼嗣も甘縄神明神社参詣の際などに立ち寄っている。そのことから考えても、その位置が、甘縄神明神社の近くか、あるいは、その通り道にあったことは確実といえる。
1285年(弘安8年)11月17日の霜月騒動によって安達泰盛が討たれ、安達亭も焼け落ちた。 |