鎌倉手帳(寺社散策)


鎌倉寺社巡り その6
十一人塚


編集:岡戸事務所
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 1333年(元弘3年)、討幕の挙兵をした新田義貞は、次々に幕府軍を破り鎌倉に迫った。
 鎌倉は三方を山で囲まれた天然の要害で、攻め込むことのできるのは、鎌倉七口と呼ばれる切通だった。
 義貞は、極楽寺切通からの攻撃を大舘宗氏という武将に命じた。
 幕府は、極楽寺切通に大仏貞直を配置し防備に当たった。
 激戦の末、宗氏は極楽寺切通を突破したが、稲瀬川付近で北条軍に反撃され、宗氏以下11人が討死にした。
 この11人が葬られたとされるのが十一人塚で、十一面観音が安置され、11人の霊を弔ったといわれている。


☆伝説!十一人塚の松☆
 十一人塚には、塚を包むように大きな松が枝を広げていた。おもしろいことに一本として枝が十文字に重なって見えなかった。大舘宗氏以下十一人が腹を十文字に切ったからだという。

鎌倉炎上〜新田義貞の鎌倉攻め〜(okadoのブログ)



稲瀬川の史跡碑
 由比ヶ浜の海岸沿いに建つ稲瀬川の石碑には、大舘宗氏がこの川辺で討死したことが書かれている。
 稲瀬川は、万葉集にも「鎌倉の美奈の瀬川」として詠われている川。 







極楽寺から稲村ヶ崎へ







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