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光則寺から高徳院(鎌倉大仏)に向かう途中の左側の谷戸は桑ヶ谷と呼ばれていた。
桑ヶ谷療養所は、極楽寺の忍性によって開かれた療養所(施薬院)。
鎌倉は、武士の都として、さらに日本の中心として栄えたが、一方で人口の集中により、様々な疫病を流行させた。
八代執権北条時宗が、貧民救済のため、忍性に命じて療養所を開かせたと伝えられている。
この療養所の開設によって救われた人は数万とも数十万ともいわれ、慈善事業に力を注いだ忍性は、「医王如来」と崇められている。
飢饉・天災と忍性の救済活動〜極楽寺〜(okadoのブログ) |