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「極楽寺地蔵」とも呼ばれているこの地蔵堂は、1267年(文永4年)、極楽寺の忍性が運慶作の地蔵を安置したのがはじまりといわれている。
兵火によって当時の地蔵像は存在しないが、現在の地蔵像は室町時代の作と伝えられている。子育てに霊験あらたかなことから「導き地蔵」と呼ばれてきた。
古くから、この地蔵の視野の中に入る場所では、子どもたちに災難が起きないといわれてきた。
生まれてまもない子の宮参りの帰りには、必ずこの地蔵に赤飯を供えて、子の安全成長を祈るのがこの辺りの風習になっているという。
鎌倉二十四地蔵の一つ。 |