
塔ノ辻跡碑 |
道路が交差する「辻」に「塔」が建てられている所を「塔ノ辻」と呼んでいた。由比ヶ浜大通り(長谷小路)の笹目の十字路には現在も塔が残されている。
鎌倉には、「塔ノ辻」と呼ばれる場所が7箇所あった。筋違橋(宝戒寺)付近、鉄ノ井付近、建長寺前、浄智寺前、円覚寺前、下馬、そして笹目。
伝説によると、由比の長者といわれた染屋時忠の娘が鷲にさらわれ、散らばっている肉片や骨を見つけては塔を建てて供養した所が「塔ノ辻」だといわれている。
古地図によると、染屋時忠の屋敷近くにも多層塔の絵が描かれている。こちらは「長者塔」と呼ばれていた。
笹目にある塔ノ辻の五輪塔には、現在でも花が供えられている。
「塔ノ辻」から斜めに由比ヶ浜へと向かう道は、日蓮が龍ノ口へ護送される時に通った道。現在は、長谷観音の交差点から海岸方面への道が整備されているが、鎌倉時代にはこの道がなく、塔ノ辻から斜めに入る道が海岸への道(坂ノ下・極楽寺ヘと通じる道)であった。 |