鎌倉手帳(寺社散策)


鎌倉寺社巡り その6
伝上杉憲方墓
〜西方寺址〜


編集:岡戸事務所
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 上杉憲方は、関東管領上杉憲顕の子で、憲顕、憲方と続く家系が山内上杉家となった。鎌倉公方足利氏満に仕え、1379年(康暦元年)、関東管領に任じられた。
 極楽寺切通沿いに並ぶ石塔のうち、七層塔が憲方の墓で隣の五層塔が妻のものとされている。また、極楽寺切通を挟んで反対側の崖には西方寺があって、その跡には妻が建てたとされる憲方の逆修塔が残されている(逆修塔とは、生前に建てる供養塔。)。
 西方寺は、源頼朝の時代に笹目に建てられた寺とされ、後に、この地に移転し、極楽寺の一院となったものと考えられている(極楽寺伽藍図にも描かれている。)。
 憲方は、紫陽花寺として有名な明月院の開基。明月院やぐらには上杉憲方墓とされる宝篋印塔が安置されている。



四方に仏像が刻まれた塔身



〜伝上杉憲方逆修塔〜
(西方寺址宝篋印塔)
 神奈川県の資料によると、永和5年(1379年)銘の宝篋印塔で、高さは139.2p程度。
 西方寺址の崖裾平場に建てられているが、現在は私有地のため立ち入ることができない。
 鎌倉市重要文化財。




〜西方寺址五輪塔〜
 神奈川県の資料によると、14世紀後半のもので、安山岩製の五輪塔。
 関東大震災時に、塔内と塔下から銅製舎利容器3個が出土。うち一つに「極楽寺第七長老、明賢大徳遺骨、貞治7年(1368年)季戌申3月15日」と記されていたらしい。
 伝上杉憲方逆修塔と同じく西方寺址の崖裾平場に建てられている。
 鎌倉市重要文化財。





極楽寺切通







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