鎌倉手帳(寺社散策)
鎌倉寺社巡り その7
御成小学校正門
〜旧御用邸門〜
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岡戸事務所
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鎌倉市役所の裏にある御成小学校は、明治天皇の皇女のために造られた御用邸の跡地に建てられている。大正12年の関東大震災で御用邸は崩壊し、再建されることはなかった。正門は、コンクリート造に建て替えられたが、格好は御用邸の門が受け継がれている。門標は高浜虚子が書いた。
地名ともなっている「御成」の名は、御用邸にちなんで付けられた。
旧御用邸門を過ぎると鎌倉幕府の裁判機関である
問注所跡
があり、その先には、裁判の結果、無罪放免となった者が渡る
裁許橋
が架けられている。
〜諏訪邸跡〜
御用邸の東北部分は、鎌倉御家人諏訪氏の邸にあったところで、そこには「諏訪の池」があった。現在は鎌倉市役所の駐車場となっているようで、その姿を見ることは出来ないが、1864年(元治元年)、下馬で英国人殺傷事件(鎌倉事件)を起こした間宮一と清水清次が逃げる途中、この池で刀の血を洗い流したという話が残されている(参考:
下馬
)。
〜中先代の乱〜
鎌倉幕府滅亡後の1335年(建武2年)、諏訪頼重は
得宗
北条高時
の遺児時行を担ぎ上げ反乱を起こしている(
中先代の乱
)。
北条得宗家の滅亡〜最後の得宗北条時行〜(okadoのブログ)
諏訪神社
現在、鎌倉商工会議所横にある
諏訪神社
は、諏訪盛重が邸内に祀ったもので、以前は御成小学校内にあったが移築された。諏訪氏は、信濃国諏訪神社上社の大祝(おおほおり)の職を務めた氏族。鎌倉御家人となったことで全国に諏訪神社が建立された。
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