鎌倉手帳(寺社散策)
鎌倉寺社巡り その7
法 泉 寺
〜鎌倉の廃寺〜

=《法泉寺》=
(臨済宗)

現在の法泉寺ヶ谷 |
現在、JR横須賀線が敷かれている谷を法泉寺ヶ谷と呼ぶ。この地に臨済宗の法泉寺(ほっせんじ)があった。開基は畠山国清、開山は素安了堂と伝えられている。畠山国清は、足利基氏の執事として鎌倉の防備に当たっていた武将。
法泉寺にあった梵鐘(元徳2年(1330年)の鐘銘)は、清拙正澄の作と伝えられ、光明寺に移されたあと、現在は東京南麻布の阿弥陀寺にあるという。
法泉ヶ谷の西側を清涼寺ヶ谷といい、西大寺流律宗の叡尊が滞在したという新清涼寺釈迦堂があったといわれている。 |
〜畠山国清〜
畠山国清は、足利尊氏に従い倒幕に貢献した。
1353年(文和2年・正平8年)、足利基氏を補佐する関東執事となる。1359年(延文4年・正平14年)、足利義詮の要請で京に上るが、仁木義長との対立や、細川清氏の失脚などによって立場を悪くし、1360年(延文5年・正平15年)、無断で鎌倉に帰還。翌年、基氏から罷免され鎌倉から追放された。
畠山氏は、源頼朝の重臣畠山重忠の未亡人が足利義純と再婚したことで、畠山の名跡が継承された家系。 |

|
|

|