鎌倉手帳(寺社散策)


鎌倉寺社巡り その7
新清涼寺釈迦堂
〜鎌倉の廃寺〜


編集:岡戸事務所
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〜鎌倉を知って鎌倉観光をより楽しく。〜








現在の清涼寺ヶ谷
 海蔵寺の東の谷戸は、清涼寺ヶ谷と呼ばれている。
 嵯峨の清涼寺の釈迦像を模した像が安置された新清涼寺釈迦堂があった場所とされ、泉涌寺の末寺だったと伝えられている。江戸時代までは存続していたと考えられているが、いつ廃寺となったか等の詳細は不明。
 1262年(弘長2年)、鎌倉に下向してきた西大寺流律宗の叡尊は、新清涼寺釈迦堂に滞在した。
 『関東往還記』(かんとうおうがんき)によれば、叡尊は、律宗の称名寺を建立した金沢(北条)実時の要請によって鎌倉に下向し、釈迦堂で行われた叡尊の説法には、実時や極楽寺開基の北条重時の娘(北条時頼夫人)のなどが聴聞したという。
 滞在中、最明寺北条時頼を訪れて面会をしている。

〜鎌倉の律宗の寺〜
 叡尊の鎌倉下向によって、鎌倉での西大寺流律宗の基盤が固められ、弟子の忍性は、1267年(文永4年)、開山として極楽寺に入山した。
 浄光明寺の奥にあったとされる多宝寺も西大寺流律宗の寺とされ、忍性が開山となったと伝えられている。

飢饉・天災と忍性の救済活動〜極楽寺〜(okadoのブログ)



称名寺

浄光明寺

東林寺跡


極楽寺(忍性墓)

多宝寺跡(覚賢塔)

 浄光明寺は、現在真言宗泉涌寺派の寺院。かつては、浄土・華厳・真言・律の四宗兼学の寺院だった。


〜本尊清涼寺式釈迦如来〜
 新清涼寺釈迦堂の本尊清涼寺式釈迦如来は、現在、極楽寺の本尊となっているものであるとか、東京目黒の大円寺に伝わるものであるなどといわれているが定かではない。
 大円寺に伝わる清涼寺式釈迦如来は、杉本寺に安置されていたものとも考えられている。杉本寺に安置されていた像は、北条泰時が父義時の菩提を弔うために建てた釈迦堂の本尊だったとも伝えられている(参考:釈迦堂)。





〜ハイキングを楽しもう。〜

葛原ヶ岡・大仏ハイキングコース 浄智寺
海蔵寺 景清窟 仮粧坂 源 氏 山 公 園
↑↓ ↑↓ 大仏
壽福寺 銭洗弁天

 清涼寺ヶ谷の東側、現在、JR横須賀線が敷かれている谷は法泉ヶ谷と呼ばれ、かつては、臨済宗の法泉寺があった。




 清涼寺ヶ谷を上っていくと、葛原ヶ岡・大仏ハイキングコースへと通じている。


葛原ヶ岡・大仏ハイキングコース:その1
武蔵大路の散策





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