鎌倉手帳(寺社散策)
鎌倉寺社巡り その7
諏訪神社
〜諏訪屋敷跡〜
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岡戸事務所
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現在の鎌倉市役所駐車場付近には諏訪氏の屋敷があったと伝えられ、『新編鎌倉志』にも「諏訪地」として紹介されている。
屋敷内には「諏訪池」があって、その東側には諏訪盛重によって祀られた諏訪神社があった。
昭和44年、鎌倉市役所新築のため諏訪池は埋め立てられ、諏訪神社も鎌倉商工会議所の横に移転されている。
祭神:建御名方の神
諏訪神社参道の石柱
(市役所通り)
〜中先代の乱〜
鎌倉幕府滅亡後の1335年(建武2年)、諏訪頼重は
北条高時
の遺児時行を担いで挙兵し、一時、鎌倉を守っていた足利直義(尊氏の弟)を鎌倉から追い出し占領するが、すぐに奪い返され頼重は
勝長寿院
で自刃したと伝えられている(
中先代の乱
)。
北条得宗家の滅亡〜最後の得宗北条時行〜(okadoのブログ)
〜諏訪池〜
1864年(元治元年)、下馬で英国人殺傷事件(鎌倉事件)を起こした間宮一と清水清次が逃げる途中、この池で刀の血を洗い流したという話が残されている(参考:
下馬
)。
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