鎌倉手帳(寺社散策)


鎌倉寺社巡り その7
刃稲荷(やいばいなり)


編集:岡戸事務所
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 「刃稲荷」は、鎌倉時代の刀匠正宗(五郎入道正宗)の屋敷に祀られていた稲荷社。正宗は新藤五国光に師事し、「相州伝」を完成させた鍛冶職人(参考:正宗工芸)。
 江戸時代に松尾百遊らが再興したものといわれている(百遊は、六地蔵の芭蕉の句碑を建てた人物)。
 祠には、正宗が鍛えた刀が納めてあったといわれているが今はない。
 戦国時代に入り、関東の中心が小田原に移ると商工民も小田原へと移り住んだが、正宗の子孫は鎌倉に住みつき、北条氏綱の一字をもらい、代々「綱廣」と名乗るようになる。氏綱からは土地も与えられ、綱廣谷と呼ばれた。
 徳川の時代となっても手厚く扱われ、元禄年間中には江戸にも屋敷を拝領したという。


刀工:五郎入道正宗の墓〜本覚寺〜(okadoのブログ)




正宗の井
 綱廣が拝領した「綱廣谷」は「無量寺谷」とも呼ばれ、綱廣の屋敷は、佐助ヶ谷へと向かうトンネル(佐助隧道)の手前辺りではなかったかと考えられている。トンネル近くには「正宗稲荷」の祠もあった。
 また、谷戸の入口には「正宗の井」があって、綱廣の屋敷があったことを物語っている(「正宗の井」は、現在は個人敷地内となっている。)。 





 現在も綱廣の名は受け継がれ現在で二十四代目。
 その技は、「正宗工芸」として鎌倉を代表する産業となっている。
 本覚寺には、正宗の墓がある。



今小路(勝ノ橋〜六地蔵)





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