鎌倉手帳(寺社散策)


鎌倉寺社巡り その8
光 照 寺


編集:岡戸事務所
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=しゃくなげ寺《光照寺》=
(時宗)

 光照寺のある場所は、一遍の鎌倉入りの際の法難霊場(参考:一遍上人地蔵堂跡(片瀬))。
 山門欄間にはクルスの紋が掲げてあり、本堂には隠れキリシタンの燭台もある。この辺りには隠れキリシタンがいて、光照寺が庇護していたという伝承が残されている(参考:キリシタンたちの旦那寺(okadoのブログ))。
 山門脇には、毎月お参りするとお年寄りや子どもの咳が止まるという咳の神様「おしゃぶき」の石の祠がある。その反対側には、子育て地蔵が祀られている。
 阿弥陀三尊の梵字が刻まれている安山岩の板碑は珍しい。
 花の寺としても知られ、通称「しゃくなげ寺」といわれる。

開山 一向
本尊 阿弥陀三尊
しゃくなげ 観音像



おしゃぶきの祠 子育て地蔵



◎クルス紋
 光照寺の山門は「クルス門」とも呼ばれている。九州豊後国の岡藩主中川家の紋「中川クルス」(十字架を変形させた紋)が掲げられているためである。この門は、もとは東渓院のもので、明治に入り東渓院が廃寺となったときに光照寺に移された。 中川家はキリシタン大名だったともいわれているが、その真偽はわからない。
 本尊横の釈迦如来像も東渓院から移されたもの。

◎東渓院
 東渓院は、亡くなった岡藩主の娘の菩提を弔うために台山に建立された。『新編相模国風土記稿』によれば、箱根早雲寺末で徳蔵山と号する臨済宗の寺だったという。

キリシタンたちの旦那寺(okadoのブログ)





◎一遍の鎌倉入り
 全国各地で遊行していた一遍は、1282年(弘安5年)3月1日、巨福呂坂から鎌倉に入ろうとしたが、八代執権北条時宗によって阻止されたといわれ、その時の様子が藤沢の清浄光寺(遊行寺)に伝わる『一遍上人絵伝』に描かれている。
 一遍らの一行が、その晩野宿した場所が光照寺のある場所だったと伝えられている。
 翌日、一遍は藤沢の片瀬に移り念仏行を行った。江の島道の傍らには、一遍が念仏を行った「一遍上人地蔵堂跡」が史跡として残されている。

時宗総本山遊行寺の秋季開山忌(okadoのブログ)





近くに→→→鎌倉十橋「十王堂橋」
 北鎌倉駅から光照寺に向かう途中に、鎌倉十橋の一つ「十王堂橋」がある。昔、この近くに十王堂があったためこの名がついたといわれる。

参考: 時宗総本山遊行寺(清浄光寺)
鎌倉の時宗の寺


山ノ内道の散策



光照寺:鎌倉市山ノ内827  0467(46)6355

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