鎌倉手帳(寺社散策)


鎌倉寺社巡り その9
仏 行 寺


編集:岡戸事務所
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〜鎌倉を知って鎌倉観光をより楽しく。〜







=源太塚としのぶ塚《仏行寺》=
(日蓮宗)

 仏行寺の裏山には、源頼朝に信頼された梶原景時の子源太景季の片腕が埋められていると伝わる「源太塚」がある。
 梶原父子は、頼朝の死後、御家人の弾劾に遭い鎌倉を追放され、駿河で討死した(参考:梶原景時の変 梶原景時の追放 梶原景時の墓)。
 その死を悲しんだ景季の妻信夫(しのぶ)はこの地で自害したといわれ、信夫の霊を慰めるため村人が仏行寺を建てたとされる。
 鎌倉山には「しのぶ塚」があって、「源太塚」と向き合って建っているという。

 裏山の斜面一面に「ツツジ」が植えられ、安養院と並ぶ「ツツジ」の名所。

参考:鎌倉のツツジ 来福寺(品川区)

開山 仏性院日秀
本尊 十界互具曼荼羅




源太塚

しのぶ塚


梶原景季
◎しのぶ塚
 仏行寺から鎌倉山に上ると「しのぶ塚」がある。
 源頼朝亡き後、梶原景時は、御家人66名の弾劾に遭い、息子景季とともに謀叛を企て駿河で討死した(参考:梶原景時の墓 梶原景時館址)。
 景季が死んだ証として送られてきた片腕が仏行寺裏山に埋葬され、景季の妻信夫(しのぶ)は嘆き悲しみ自害したと伝えられている。
 梶原氏は鎌倉権五郎景政を祖とする平氏。


源太塚(okadoのブログ)  梶原景時の変(okadoのブログ)



庭園 ツツジ

仏行寺のツツジ(okadoのブログ)
鎌倉:ツツジの名所=仏行寺2012/05/08(okadoのブログ)



◎三嶋神社
 仏行寺の南にある三嶋神社では、正月3が日には仏行寺の僧によって経があげられ、1月15日には、題目が唱えるのが慣習であるという。



〜手広の三十番神宮の祭礼〜
 手広に、腰越津村の日蓮信者であった島村采女(玉縄北条氏家臣)が建てた「三十番神宮」がある。正式な名称は「稲荷神社」となっているようだが、地元では「番神さん」として親しまれている。
 この神社の10月の祭礼には、仏行寺の住職が出向いて経をあげる習慣となっている。「三十番神」というのは、1ヶ月30日間、交替で法華経信仰者を守る神と伝えられ、江戸時代まで仏行寺が別当を務めていた。
 島村采女は、片瀬の龍口寺創建の際に土地を寄進した人物。


三十番神宮



笛田から鎌倉山の散策


鎌倉の日蓮宗の寺







仏行寺:鎌倉市笛田3−29−22  0467(32)2032

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