鎌倉手帳(寺社散策)


鎌倉寺社巡り その9
小動神社


編集:岡戸事務所
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=天女遊戯の松《小動神社》=

 江ノ島詣でに訪れた佐々木盛綱が、近江の八王子宮を勧請したのが始まり。
 小動(こゆるぎ)神社の建つ小動岬には、風もないのに揺れる松があり、「こゆるぎの松」と呼ばれていたことから、「小動」の名が付いたといわれる。盛綱は、「天女遊戯の霊木」と称賛したという。
 新田義貞は、鎌倉攻めの際、八王子宮に戦勝祈願し、後に、太刀一振と黄金を寄進した。
 明治の神仏分離によって「小動神社」と改めた。
 7月の天王祭では、江ノ島八坂神社の神輿と行合祭が行なわれる。


ハマヒルガオ
祭神 建速須佐之男命 建御名方神
日本武尊 歳徳神

小動神社の展望台からは、相模の海と江ノ島が一望できる。


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十間坂(じゅっけんさか)
 小動岬の東側、七里ヶ浜から腰越を通り龍口寺へと続く道だった。


十間坂(腰越の古道)   腰越(小動岬〜龍口寺)  小動岬  船祝い




小動岬
 小動岬は、小動神社が八王子社と呼ばれていたことから「八王子山」とも呼ばれている。
 幕末には、黒船騒ぎが起こり、小動岬にも異国船見張所が設置され、「八王子山遠見番所」とか「八王子山望台」と呼ばれていた。
 また、作家太宰治が心中事件を起こした場所としても知られている。太宰は、田辺あつみと睡眠薬を飲んで自殺をはかり、太宰は助かったが、あつみは19歳で死んだ。この体験をもとに『道化の華』が書かれた。





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