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古くから「番神さま」(しんばんさん)と呼ばれてきた堂。
腰越津村の玉縄北条氏の家臣島村采女の隠居所の守護神として建てられた堂と伝えられている。
「三十番神」というのは、「一ヶ月三十日間、交替で国を守るとされる神」のこととされている。また、日蓮宗では、「法華経の信仰者を守る神」として三十番神を祀るという習慣があった。そういった関係から笛田の仏行寺が別当寺を務めていた。
現在でも、10月の例祭では仏行寺の住職が経をあげる習わしとなっている。
堂を建てた島村采女は日蓮信者で、片瀬の龍口寺に土地を寄進した人物。龍口寺の本堂横に采女の墓がある。
明治の神仏分離によって取り壊されそうになるが、島村家の稲荷社を遷座して「稲荷神社」と称し難を逃れたという。 |