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1526年(大永6年)、安房の里見実堯が鎌倉に攻め込んだ。
玉縄城の北条氏時(北条氏綱の弟)がこれを迎え撃ち、戸部川(柏尾川)付近で激しい戦闘となった(参考:里見氏の鎌倉来襲)。
この戦いで両軍ともに多くの戦死者を出した。氏時方では甘糟氏をはじめとする30数名が里見軍に首を取られた。戦い後、氏時は里見方に申し入れて、互いに討ち取った首を交換し、この地に葬ったと伝えられている。
塚に聳える榎は、このときに植えられたものと伝えられ、「甘糟榎」と呼ばれていた。塚も「甘糟塚」と呼ばれていたが、現在は「玉縄首塚」と呼ばれている。
8月19日には、首塚を供養する祭り「玉縄首塚まつり」が開催され、灯籠流しも行われる。 |