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「泣塔」(なきとう)とは、洲崎古戦場近くに建つ宝篋印塔のこと。1356年(文和5年)の銘があり、鎌倉市の有形文化財に指定されている。
洲崎では、1333年(元弘3年)、新田義貞と赤橋守時の軍が激しい戦いを繰り広げられた。泣塔は、背後に「やぐら」もあることから、この戦いの戦死者の供養塔と考えられている。
「かつて、泣塔は、手広の青蓮寺に移されたが、毎晩、すすり泣く声が聞こえたので元の場所に戻された」という伝承が残されていることから、「泣塔」と呼ばれるようになったという。
この辺りの地名をとって「陣出の泣塔」とも呼ばれている。 |