 |
龍寳寺は、1503年(文亀3年)、玉縄城主北条綱成が建立した瑞光院を起源とする寺で、1575年(天正3年)、北条氏勝が現在地に移し、「龍寳寺」と称するようになった。
七堂伽藍を備えた寺院であったが、豊臣秀吉によって小田原北条氏が滅ぼされると寺も衰退した。歴代玉縄城主や源実朝の位牌が安置されている。
現在の本堂は、1960年(昭和35年)の再建。
茅葺きの山門は、元禄年間(1688〜1704年)に建てられたものという。
境内には「新井白石の碑」や「旧石井家の住居」がある。
龍寳寺のある植木は、新井白石の知行地となっていた時代がある。 |