
洲崎古戦場碑 |
1333年(元弘3年)、新田義貞の鎌倉攻めの際の古戦場。
義貞は堀口貞満と大島守之を州崎口に攻め込ませ、これを十六代執権赤橋(北条)守時が迎え撃った。
鎌倉に進撃しようとする義貞は、軍勢を三方に分け、洲崎(現在の寺分・梶原・山崎一帯)、仮粧坂、極楽寺切通へ向けた。
洲崎口では、5月18日の朝方より合戦が始まり、『太平記』によると一日一夜の間に六十五度の合戦があったという。北条軍は敗れ、守時はじめ90人以上が自刃したという(山崎合戦)。
北条軍を撃破した新田軍は山ノ内へと雪崩れ込んだ。
洲崎での戦いは新田軍が大仏切通を目前にしての激戦だったとも伝えられている。 |