鎌倉手帳(寺社散策)
鎌倉寺社巡り その9
龍ノ口刑場跡
(藤沢市片瀬)
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岡戸事務所
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龍ノ口刑場は、鎌倉時代から室町時代の刑場で、
龍口寺
内に石碑が建てられている。
1271年(文永8年)9月12日、松葉ヶ谷で捕らえられた
日蓮
が処刑されるために引き連れられたことで知られている(
龍ノ口法難
)。
しかし、実際にはこの刑場がどこにあったのかは不明。
1180年(治承4年)、
源頼朝
に敵対した大庭景親が処刑されたのが「固瀬河辺」と呼ばれる所で、
日蓮
の場合は「龍口之海辺」と記録されている。また、元国使の杜世中(参考:
常立寺
)や北条時行の処刑(参考:
中先代の乱
)は「龍口」で行われたと記録されているようであるが、これらの場所が同一なのか別なのかははっきりとしない。
龍ノ口刑場跡・・・龍口寺(okadoのブログ)
〜日蓮の処刑中止〜
1271年(文永8年)9月12日、平頼綱(
北条時宗
の執事)によって捕らえられた
日蓮
は、処刑されるため龍ノ口の刑場に護送された。しかし、その時に怪異現象が起こった。
『日蓮上人註画讃』は、このときの刑場の様子を「
江ノ島
のたつみより、大なるひかりもの、かたち満月のごとくして、いぬいにとび、御くびはねんとする座のうへへとびきたること、鷹隼のかけるがごとし。うしろの山の松にうつるかと見れば、雲霞すなはちたちて、闇の夜となる。」と説明している。
この出来事によって、
北条時宗
は
日蓮
の処刑を中止したと伝えられている。
〜行合川〜
刑場での不思議な現象で、直ちに幕府に知らせる使者が発せられた。一方幕府でも
日蓮
の処刑の中止を伝える使者が発せられた。
両方の使者が行き合った場所が、
七里ヶ浜
に注ぐ行合川であったと伝えられている。
桟敷の尼夫妻の墓
常栄寺
☆常栄寺のぼたもち伝説☆
常栄寺
には、龍ノ口に護送される日蓮に、「桟敷の尼」が、「胡麻入りのぼた餅」を捧げたという伝説が残され、毎年9月12日には
「ぼたもち供養」
が行われている。
日蓮袈裟掛松碑
☆日蓮袈裟掛松☆
日蓮
は、龍ノ口に向かう途中、袈裟を血で汚すのはおそれ多いといって、松の枝に袈裟を掛けたと伝えられている。
1180年(治承4年)10月26日
大庭景親の処刑
石橋山の戦い
で
源頼朝
に敵対した大庭景親が処刑された(参考:
大庭氏
)。
明暗を分けた大庭兄弟(景義と景親)〜石橋山の戦い〜(okadoのブログ)
1275年(建治元年)9月7日
元国使の処刑
北条時宗
は、元の国使杜世忠ら5人を処刑した。
常立寺
に供養塔がある。
元使塚〜蒙古襲来(元寇)と片瀬の常立寺〜
(okadoのブログ)
1353年(正平8年)5月20日
北条
得宗
家の滅亡
中先代の乱
を起こした
北条高時
の遺児時行が処刑される。
北条得宗家の滅亡〜最後の得宗北条時行〜(okadoのブログ)
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